「百薬の長」は「飲んでも飲まれるな」
一定量以下の飲酒は精神的にも健康的にも、そして社会的にも有益ですが、度を超すと争いと外傷の原因となることもあり、ひいては健康を害することになります。このために、宗教による禁酒が定められ、イスラム教と仏教にもその名残をとどめています。酒の名誉回復の機会は、1990年に訪れました。1948年に米国で開始されたフラミンガム研究(マサチューセッツ州の人口66,910人 [2000年] の小都市で行われています)に代表される全市民を対象とした、生活習慣が人類の健康に及ぼす諸々の影響が、大規模な追跡研究で調べられました。習慣性飲酒が心筋梗塞に代表される冠動脈性心疾患と脳卒中に及ぼす影響が、科学的根拠に基づいた医療(Evidence-Based Medicine [EBM])の原理に基づいて、推計学的に調べられたのです。結果は正に「飲兵衛の福音」でした。
飲酒によって冠動脈性心疾患を予防できることが分かったのです。アルコール飲料には色々あるので、飲酒量は便宜的に「ドリンク(単位)数」に換算されています。1単位は、アルコール12グラム(g)と定められていますが、国によって10〜14 g迄の幅があります。おおまかに、ビールですと小瓶または標準サイズの缶(350ミリリットル [mL])、ワインは1グラス(150 mL)そしてウイスキー・ジンなどの強い酒は、1ショット(30 mL)がこれに相当します。日本酒一合には約20 gのアルコールが含まれていますので、ほぼ1.5単位に換算できます。毎日1から3単位までの飲酒は、心疾患の発症率を60%も低下させ「5単位までは安全圏」と新聞紙上を初めマスコミで大きく報じられました。「これなら安心して飲める」と小躍りして、喜ばれた方々も多かったのではないでしょうか。健康上で究極の脅威は死亡であることから、飲酒と死亡率との関係が広く調べられ集計されています。飲酒と死亡率には、J字型(J shape)の関係があります(図1)。男性で毎日4単位迄(女性で2単位迄)の飲酒は、死亡率をそれぞれ17%(18%)も減少させる、とする結果が得られているのです。
イタリア都市の全市民追跡研究
しかし、飲酒は肝臓病、とりわけC型肝炎の進展と治療に悪影響を及ぼすとされています。この問題の実態解明への挑戦は、二人のイタリア人医学者が1988年に空港で交わした「何故、肝臓病にはフラミンガム研究のように全市民を対象とした調査結果(データ・ベース)がないのだろう?」の会話が、きっかけでした。幸いにもスポンサーが得られて、1991年に北イタリアの二都市で開始された全市民調査は“Dionysos”と名付けられましたが、この名前は「酒の神バッカス」ご本尊の別名です。年齢が12歳から65歳までの全住民6,917名が9年間追跡されました。シリーズで次々に発表されたDionysos研究が、飲酒が一般人の肝臓病発症に及ぼす影響を鮮明に描き出して、飲酒がもたらすC型肝炎への影響を判定する基盤となっています(図2)。連日30 g以下のアルコール摂取は、肝硬変の発症に影響しませんでした。それ以上のアルコールを摂取する人では、摂取量にほぼ比例して、飲酒しない人と比べ肝硬変の発症率は直線的に増加します。連日飲酒量が121 g(ワインのボトル2本に相当します)以上になりますと、肝硬変発症の危険率が63.2倍にも上昇しました。しかし飲兵衛の視点からみますと、これだけ大量のアルコールを飲み続けていても、肝硬変になるのは僅か5.7%で「たった16人に1人しかいないじゃないか」と云うことにもなりそうです。
アルコール総摂取量と肝疾患の重症度
個人差があることが明らかですが、生涯に酒をどのくらい飲んだら、どれだけ肝障害が進展するか、を知りたいところです。これに関しては1974年にドイツのアルコール性疾患・クリニックで、319症例を対象とした調査結果があります(表1)。アルコール摂取量は、几帳面なドイツ人らしく体重1キロあたり1時間に消費されたミリグラム数で表されています。朝から晩まで飲みっぱなしの人は殆どいませんから、せめて一日あたりのアルコール消費量を計算した方が、合理的だろうと思うのですが。飲酒していた期間が表示されていますので、体重を60キロとした場合の生涯アルコール総摂取量を計算することができます。摂取量が増すにつれて肝疾患が脂肪肝、脂肪性肝炎、慢性肝炎から最も重症な肝硬変へと進展します。人種が違いますし、飲むお酒の種類がドイツなのでビールが主体になりますから、この結果をそのまま日本人に当てはめることは不適当かも知れません。日本では、生涯摂取量500キロ以上を、アルコール性肝障害の必要条件としています。この量は最も軽症な脂肪肝とはっきりとした炎症症状がある脂肪性肝炎の、丁度中間に位置していますから、納得ができる境界のようです。肝硬変患者の生涯アルコール摂取量は1,322 kgとなり、慢性肝炎の781 kgとは、桁が違います。アルコールを1トン以上飲んだ時点で、肝硬変発症の危険性が高くなることが想像できます。
アルコール摂取がC型肝炎に及ぼす影響
アルコールがC型肝炎ウイルス(HCV)感染に及ぼす影響は、共に肝障害の原因となりますので、両方からの観点に立って判断しなければならないでしょう。本邦では1990年にアルコール性肝疾患研究班が発足し、その成果からアルコール摂取がウイルス性肝炎の進展に及ぼす影響が分かります。厳密な判定基準でアルコール性肝疾患を診断し、それを基準にして慢性肝炎から、肝硬変と肝細胞癌までのHCV感染とB型肝炎ウイルス(HBV)感染の頻度が調べられました。HCV感染率は慢性肝炎から肝細胞癌へ病変が進展するにつれて、20%から59%へと次第に増加します(図3)。一方、HBV感染率は全体としてHCV感染率よりはずっと低いことが分かります。全体として見ても、アルコール性肝疾患症例でのHCV感染率は46.9%となり、HBV感染率の6.3%より格段に頻度が高くなっています。「アルコール性肝障害はHCV感染によって進展するが、HBV感染にはさほど影響されない」ことが納得できる結果です。1989年にHCVが発見され、1992年以来はHCV感染を正確に血清診断できるようになりました。それ以前はHCVが起こす肝障害を含めて、お酒を飲む患者さんでは全て「アルコールが原因」と考えられてきました。肝細胞癌を例にとっても、HCVの影響が全部アルコールに加算されますから59% + 32% = 91%となり、殆ど全てが「アルコール性」と考えられてきました。実際は、HCVの方が原因としてずっと多い訳ですから、アルコールが長い間「濡れ衣」を着せられていたことになります。
HCV感染のあり・なしから見てもアルコールの肝硬変発症・促進効果は歴然としています(図4)。イタリアで生涯アルコール摂取量が連日175 g以上(ワイン3ボトル相当になります)の極端な設定ではありますが、肝硬変の危険率はHCV感染だけでも9.2倍、多量飲酒のみで15.0倍上昇します。両者が重なると実に147.2倍となり、まさしく相乗効果(掛け算の効果)がみられます。日本では2003年に2,547名を対象とした抽出調査が行われて、男性の38.9%と女性の7.6%が、連日4単位のアルコールを消費しています(全体で17.5%となります)。HCVの国民感染率1.7%と比べても、アルコール消費の方には10倍以上のインパクトがありますから、過剰アルコール摂取がHCV感染に重なる機会も多いことが予測できます。 |
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日本人アルコール消費量の動向と世界諸国間での位置づけ
飲酒のために死亡する原因として、若者で横行している「一気のみ」による急性アルコール中毒を別にすれば、数の上からも慢性アルコール性肝炎の終末病態である肝硬変が主体となります。肝硬変による年間の国民死亡数は、明治時代から既に登録されています(図5)。1939年から1945年まで7年間続いた第二次世界大戦以前には、肝硬変による国民十万人当たりの年間死亡数は、6人くらいのところで横ばい状態にありました。第二次大戦から終戦にかけて減少傾向がありましたが、以降1980年まで戦後35年間は直線的に上昇を続け、倍以上となって年間14人超にも及んでいます。一方、国民の年間アルコール消費量は(重量でなく容積表示ですので、1リットルが0.8 kgに相当します)第二次世界大戦の開始から1980年にかけて、年間肝硬変死亡数と見事に平行しています。この結果から、1980年まではアルコールが肝硬変の主たる原因で、大戦中の期間には酒が入手が困難であったために、アルコールによる肝硬変の死亡数が一時的に減少したことが分かります。米国でも全く同様な歴史があります。1920年から1933年まで14年間つづいた「禁酒法時代」には、米国民の肝硬変による年間死亡数が激減しました。そして、禁酒法が廃止されてから、肝硬変死亡数が急激に増加し続けたのです。HCV感染は終戦前後の動乱期に覚醒剤(メチルアンフェタミンで、通称"ヒロポン”と呼ばれていました)の不法使用と常用者の売血による輸血によって、急速に国民の間に広まりました。HCV感染が原因となる肝硬変の終末像は肝細胞癌です。HCV感染者の肝細胞癌による死亡が発症し始めたのは1975年以降のことですので、この図の範囲である1980年までの期間には、HCVの影響は少なかったと思われます。
日本人を含めた東洋人は、西欧人と比べてアルコールを代謝して解毒する酵素の遺伝子に欠陥がある人の割合が多いことが知られています。その頻度は国民の50%にも及び、お酒を飲むとすぐに赤くなる症状があります(東洋人の赤面 [oriental flushing] と云われます)。そのために西欧人よりは飲酒量が少なく、その結果としてアルコール性肝障害が少ない、と考えられてきました。そこで、発表されているデータから世界各国での国民一人あたりのアルコール消費量を比較してみました(表2)。15歳以上が対象ですが、日本では勿論成人になる迄は飲酒が法律で禁止されています。アルコール消費量は年間のリットル数ですので、重量はその80%相当になります。英国とロシアでずば抜けてアルコール消費量が高く、北米と南米がそれに続き、イランでは恐らく宗教上の理由によって消費量がずっと低くなっています。日本では各国の平均を下回る消費量ですが、遺伝的に飲めない人が半分いるために、飲酒家一人当たりの消費量は西欧人と比べて相対的に約二倍多い、とされています。飲む人は沢山飲む、ということなんだろうと思われます。最近の傾向として、一般にアルコールの消費量が増加していますから、飲み過ぎないよう注意が必要でしょう。
アルコールとHCVが協調するメカニズム
アルコールの単独摂取には、肝障害を伴わない安全限界量があって、それ以下であれば寿命延長効果があります。それを盾にとって「1日30 gまでなら、C型肝炎には影響しないだろう」という安易な憶測がされていましたが、現在では「1日たった数グラムの摂取でも悪影響がある」とする考え方が主流になっています。アルコールがC型肝炎の進展を促進するメカニズムには二系統あり、ウイルスに対する直接効果と宿主に及ぼす影響があります。飲酒がHCVの増殖を促進する、と主張する場合に必ず取り上げられている見事な結果があります(図6)。目盛りが直線表示なので、せいぜい10倍(1ログ [logarithm])以内の振れ幅ですが、一日あたりのドリンク数が2以上では飲酒量と共に血中のHCV RNAレベルが上昇します。これまでの研究結果からアルコールのHCV増殖促進効果を否定する主張もされていますが、HCVが増えるから肝疾患が進行する経路は明快かつ魅力的です。しかし全体としては、宿主に対する影響が大きいのでしょう。主な役割として、アルコールは最強の抗原提示細胞である樹状細胞(dendritic cells)の機能を低下させ、免疫機能を抑制します(表3)。アルコールは肝臓内で活性酸素種(reactive oxygen species [ROS])の産生を高め、これが種々のサイトカインの産生を増加して、結果として肝臓の炎症と繊維化を促進させます。HCVのウイルス核(コア)にも同じ作用があるので、アルコールがC型肝炎の悪化を促進する上で協調作用があるでしょう。
アルコールを摂取すると腸管での非ヘム鉄の吸収が促進されることが、フラミンガム研究で40年間にわたって全市民を追跡した結果から確認されています。対象は生活を制限されていない高齢者に限られますが、コーヒーに含まれるカフェインには逆に鉄吸収を抑える効果があって、いずれにも従量性があります(『続続・肝炎ウイルス十話』の第五話「肝疾患の予防 ー 1杯のコーヒーから」をご参照下さい)。過去の積算飲酒量がC型肝炎の進行と治療応答に影響する、との報告がありますので長年の間に積もり積もった肝臓の鉄蓄積が肝障害の一因となっている可能性もあります(『続続・肝炎ウイルス十話』の第六話「鉄の体内蓄積とC型肝炎の進行 ー お茶の効用」をご参照下さい)。日本人が最も得意とする映像技術と、鉄が持つ磁気の測定との組合せで肝臓内の総鉄蓄積量が正確に測定できれば、この可能性が正しいかどうか明らかになるでしょう。アルコール飲用者では抗ウイルス療法の応答が低下する、とする報告も多数あります。現在C型肝炎治療の主流となっている高分子に包埋されたペグ・インターフェロンとリバビリン併用療法でも応答が低下するかどうかは、まだ調べられていません。治療中はもとより、治療前6ヶ月間以上の禁酒が抗ウイルス療法施行の前提条件とされています。しかし、アルコールの摂取を客観的に判定できる血清検査は乏しいのが現状です。そのために、患者の自己申告だけが飲酒の有無を判定する手段となりますが、これは一般的に過少申告される傾向があります。アルコール飲用習慣は一種の薬物中毒ですから依存性が高いので、盗み飲みが結構あるみたいです。治療する側の立場からは、抗ウイルス療法の応答が得られない患者さんでは、先ずは隠れた飲酒の有無を追求するべき、という主張もされています。
He Says, She Says
英語の表現で“He says, she says.”がよく使われています。男女間の諍(いさか)いでしばしば見られる、同一問題に対する双方の解釈が全く反対になる状況を端的に表しています。アルコールとC型肝炎の相互作用にも、これとよく似たところがあります。アルコール擁護派からは「アルコールを多量に飲み続けても、肝硬変になるのは16人に1人しかいない。HCVが感染するから悪くなるのだ」との主張が聞こえてきます。他方、HCVをかばう立場からは「HCV感染だけでは3人に1人しか肝硬変・肝細胞癌を発症しない。これだって、飲酒の影響が大きいのだろう」と云うでしょう。所詮、両方の言い分を公平に聞いた上で「大岡裁定」を下す必要がありますが、まだ判定材料は十分に出揃っていないのが現状です。いずれにしても被害者は可哀想な「肝臓くん」で、ひとり間に立って泣いています。でも、一つだけはっきりしていることがあります。HCVに感染していることが分かったら、たとえ一滴たりとも酒を飲まない方が長生きできる、と云うことです。

参考文献
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