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鉄の体内保持

 19世紀にイギリスで始まった産業革命は人類に工業化をもたらしました。その名が表すように鉄道では、それを支える蒸気機関車はあたかも鉄の塊であり、レールも同様です。その後、不幸にして度重なった世界大戦でも、鉄の生産と加工が主役でした。戦艦、戦車、飛行機から銃器に至るまで、鉄がなければ作れないので当然のことだったのです。実は、生体にとっても鉄は必要不可欠な金属です。鉄を含むヘムという赤い色素が、グロビンと呼ばれるタンパクと結合してヘモグロビンができます。ヘモグロビンは赤い色をしていますから、赤血球したがって血液が赤いのはヘムに含まれる鉄が原因です。そしてヘム中の鉄は、呼吸とともに肺の中で酸素分子と結合してそれを組織に運び、燃料となる栄養素を酸化し燃やしてエネルギーの源になってます。鉄を必要とするのは、ヒトに限ったことではありません。ヒトに感染する細菌でも同様で、鉄があると増殖が盛んになります。そのために、細菌感染した宿主は鉄の吸収を低下させて細菌の増殖を阻止し、免疫反応と協力して病原体の排除を目指す防御態勢をとります。「炎症性貧血」と呼ばれている病態で鉄欠乏性貧血にはなりますが、細菌排除の代償としては十分に見合っています。ですから鉄の減少は、一種の生体防御反応であるとも考えられてます。生物の発生過程で恐らく海水から陸に上がった時点でしょうが、ナトリウムと同様に鉄が乏しい環境におかれたのでしょう。だから鉄もナトリウムも、大切に保存して体内でリサイクルする仕組みが強く働いています。そのために、人体には鉄を積極的に排泄する仕組みは全くないのです。

img 鉄は体内に不足しても、過剰にありすぎても健康に害を及ぼしますが、人類全体にとっては現在でも不足の影響の方が大きいのです。鉄の欠乏は貧血の最大の原因であり、世界人口の15%に相当する10億人もの人々が鉄欠乏性貧血に罹患しています。食餌中の鉄欠乏の他にも、発展途上国では消化管の寄生虫感染による失血が鉄欠乏の原因となります。一方、鉄は加齢と共に体内に蓄積し、過剰になると害を及ぼします。1989年のC型肝炎ウイルス(HCV)発見以来は、C型肝炎の線維化と発癌を助長することが問題となっています。他にも鉄過剰の悪影響は糖尿病、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)から発癌にも及び、枚挙にいとまがありません。いまや「諸悪の根源」の様相を呈しているような有様です。体内の総鉄量は約4グラム(4,000 mg)で、大部分が赤色のヘモグロビンとして赤血球(2,500mg)に、フェリチンと結合し貯蔵鉄として肝臓(1,000 mg)に荷われています(図1)。血漿中の鉄はトランスフェリンと結合し、骨髄造血のために毎日約20 mgを供給する目的に向けて精密に維持されています。その大部分が120日の寿命を果たした老化赤血球の破壊によって供給されますが、この仕事は貪食細胞(マクロファージ)が担当しています。毎日1〜2 mgの鉄が腸管から吸収され、同量の1〜2 mgが皮膚細胞の落屑と腸管細胞の脱落に伴って体外に排泄されます。吸収された鉄は血漿プールに移行して、必要とあれば赤血球造血を補充し、余剰があればフェリチンと結合して肝臓内に貯蔵され、不時の鉄不足に備えています。胃に隣接した25〜30センチ程の小腸は腹腔に固定されていて、指を12本並べた幅があるので「十二指腸」と呼ばれています。鉄の吸収は十二指腸だけが担当しています。総排泄量が固定されているので、十二指腸での鉄吸収量の微調節だけに、体内鉄のホメオスターシス(恒常性)の全てが委ねられています。

C型慢性肝炎に伴う体内・総鉄量の増加

 毎日の体内鉄出入が、きわどいバランスの上に立脚していることが、よく理解できます。増えても減っても支障を来す物質の一日収支が、総量(4,000 mg)の0.5%にも満たない、僅か1〜2 mgの鉄出入の上に成立しているのです。しかも排泄量が固定されているために、吸収量の微調節だけであらゆる状況に対応しなければならないです。絶妙なバランスは、この業務を一カ所に集中させることで対応しています。十二指腸は、長さ6メートルある小腸の中でたったの4%を占めるに過ぎず、内腔の表面積も大腸を合わせた全腸管の3%でしかありません。鉄の一日吸収量を微調整するのには「入り口」をできるだけ狭くしておいた方が、やりやすいのでしょう。しかし、調節幅があまりにも狭いので支障を来す危険があります。鉄吸収が亢進して、1日あたり1 mgが過剰に蓄積したと仮定してみます。これが3年間続けば1,000 mgの鉄過剰となって、肝臓の貯蔵量は倍増してしまいます。

img 比較的少量の鉄過剰が持続しても、やがて肝臓に大きな被害を及ぼすことになります。C型慢性肝炎で、肝臓内の鉄蓄積が肝疾患の病態と治療に影響する仕組みには三通りあります(図2)。第一に、鉄は肝障害を促進します。鉄イオンは、体内移行の過程で荷電が三価と二価の間を往復するために、組織内の酸素・過酸化水素などに働いて活性酸素種を作ります。活性酸素種は細胞内小器官であるリソゾームの膜を破壊するので、そのために肝細胞も破壊されます。その結果、破壊された肝細胞から中に蓄積されていた鉄が放出されます。その鉄が原因となって、更に活性酸素種の量が増加しますから、悪循環となって肝細胞傷害が増幅し続けるのです。また、活性酸素種は脂質を酸化させ、ミトコンドリア膜を傷害します。そのために線維化促進物質と発癌誘発物質などの細胞障害性物質が分泌され、結果として肝硬変と肝細胞癌が発症しやすくなります。更に、鉄には星状細胞を直接刺激して、線維化の原因となるコラーゲンを分泌させる作用があります。活性酸素種にもその作用があるので、両者が協力して肝臓の線維化を促進し、それが進行すれば肝硬変が起こることになります。肝硬変があれば、修復と増殖機転が反復して、ますます肝臓癌が起こりやすくなります。鉄の負荷がC型肝炎の肝障害を助長することは、動物実験でも証明されています。C型肝炎のチンパンジーに鉄を多く含む食餌を与えると、肝臓の組織病変が進展し、それに伴ってALTが増加します。第二として、鉄には宿主の免疫応答を低下させる働きがあります。そのために、鉄はHCVの持続感染を助長します。また、感染しているHCVの数が増加して、それが肝障害を進行させることになります。現在抗ウイルス治療の主役であるインターフェロン(interferon [IFN])にはHCVを殺す力があります。IFNには免疫反応を増強してウイルスを免疫排除する作用もあり、それがHCV感染治癒に影響します。ですから、免疫力が低下するとIFNの治療応答率が悪くなります。第三に、鉄は細菌とウイルスを含むあらゆる病原体にも必須であると考えられています。HCVの増殖にも鉄が必要であれば、肝臓に鉄が増えるとウイルス数(血清1 mLあたりのHCV RNAコピー数)が増加する筈です。培養した肝臓の細胞では、培養液に鉄を加えるとHCV RNAが増加します。しかし、瀉血によって体内の鉄を除去してもC型慢性肝炎患者のHCV RNAは減少しないので、ひょっとするとHCVは鉄を必要としないかも知れませんが。

HCV感染が鉄代謝に及ぼす影響

     
 アメリカで、国民を代表する市民を対象として健康と栄養状態の第三回全国調査が施行され、その一環としてHCV感染が鉄代謝に及ぼす影響が調べられました。HCV抗体陽性で判定したHCV感染者では、非感染者と比べて血清鉄が増加し、肝臓鉄貯蔵量の指標となるフェリチン量も増加していました(図3)。肝炎を発症する以前にも、HCV感染が鉄の血清レベルと貯蔵量を増加させることが分かります。フェリチンは肝機能異常(ALT、ASTとγ-GTP値の上昇)と相関し、血小板数とは逆相関していました。 s img
 
 鉄のC型肝炎に対する影響を調べるためには、肝臓内の鉄貯蔵量を測定することが必要になります。肝生検で得られた組織に含まれる鉄量の目安として、肝組織を鉄染色して各部位の鉄沈着を総合評価して得られる「肝臓内貯蔵鉄スコア」を測定する方法があります。肝臓内の鉄貯蔵量はC型肝炎の方が、B型肝炎より多いので、鉄の蓄積がウイルス肝炎の普遍的結果ではなく、HCV感染に特異的な現象であることが分かります(図4左)。現在C型慢性肝炎の標準療法となっている高分子包埋型(ペグ)IFNとリバビリン併用療法に対する持続性ウイルス応答は(治療終了後6ヶ月での血清中HCV RNAの消失で判定します)、肝臓内の鉄貯蔵量に関係します。非応答患者では応答患者と比べて鉄貯蔵量が有意に多かったのです(図4右)。 s img

C型肝炎の除鉄療法

     
 それなら瀉血をして肝臓の鉄貯蔵量を低下させておけば、C型肝炎患者の持続性ウイルス応答率を促進できる筈です。いずれもIFN-α2b単独療法ですが、無作為・有対照治験の結果が二つ発表されています(図5)。例数が少ないので危険率は0.05を超えてしまい、有意差とはなりませんが、瀉血はIFN治療応答率を増加させるようです。瀉血による鉄除去だけで、C型慢性患者の肝機能は改善します。C型肝炎患者の治療で、ウイルスを排除できる根治的な治療は今のところIFNだけです。ペグIFNとリバビリン併用療法によって、持続性ウイルス応答率が約50%まで上昇します。しかし、残り半分の患者さんでは、HCVを排除できないのが現状です。 s img
     
 一方で、たとえウイルスは存続しても、肝臓の炎症を抑えALTを長期間にわたって低い値に保っておけば、肝硬変から肝癌への進行を抑えることができます。ですから除鉄療法は魅力ある選択肢の一つといえます。鉄が肝臓に及ぼす害を防ぐのには、色々な方法が考えられます(図6)。一つは「入り」を抑えるやり方です。手っ取り早いのは食餌中の鉄をなくすことですが、大抵の食物(特に健康食)には鉄が含まれているので、なかなか困難です。しかし、鉄の吸収を低下させる方法はあります。最も直接的な方法として、瀉血があります。1ミリリットルあたり0.5 mg含まれる鉄を、確実かつ即座に除去できます。また、鉄と結合して尿中への排泄を促す薬剤(デフェロキサミン)がありますが注射薬ですし、長く使うと副作用が発生します。他にも鉄がその産生を助長する、活性酸素種に対する対応があります。抗酸化ビタミン類の中で、ビタミンEの服用が、最もこの目的に添った薬剤(副栄養素)と思われます。還元作用を持つビタミンCにも抗酸化作用がありますが、鉄の吸収を促進しますので、かえって逆効果になる可能性があります。IFNが無効、あるいはIFNで持続性ウイルス応答が得られないC型慢性肝炎患者に大規模な治験を行って、ビタミンE投与の効果を調べる必要があります。   img

C型肝炎にお茶を

 最近「お茶」の持つ優れた薬理作用が注目されています(図6)。お茶は多量のカテキンを含んでいて(乾燥重量の10%〜20%もあります)、これは「赤ワイン」と共にすっかり流行語となった、抗酸化剤の一種であるポリフェノールの一種です。でも、C型肝炎患者が赤ワインを飲用すれば、ポリフェノールの効果よりはアルコールのもつ肝障害作用が表にでてくるでしょう。お茶が持つ抗酸化作用による発癌抑制効果が期待されて、今では広くメディアでもとりあげらるようになりました。緑茶は、現実に抗癌療法の補充・代用薬として用いられている漢方薬の最右翼にあって、世界的に最も多くの癌患者に服用されています。カテキンはお茶のもつ渋みの原因となるタンニンの前駆体です。タンニンにはヘム(赤肉に含まれる鉄分)以外の鉄の吸収を阻止する働きがあります。お茶にはそのほかにも種々の抗酸化ビタミン(A、C、E)など、体に良さそうな物質が沢山含まれています。製造方法と飲用方法(抹茶のように粉でのむか、煎じるか)が有効成分の体内吸収に及ぼす影響を調べて、それに準じた工夫が必要となるでしょう。多分、沢山飲まなければならないでしょうが、お茶の飲用は鉄の吸収を抑え、同時に鉄がもつ活性酸素種・増加作用にも対応していることになります。お茶が持つであろうC型肝炎に対する進展防止と肝癌発症の抑制効果を今後、科学的に追求する価値がありそうです。

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参考文献

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