飽食と運動不足の氾濫ー肥満の年代
いま、飽食の時代です。その上、車社会に象徴されるように身体を動かす機会が激減しています。そのためにメタボリック症候群(通称「メタボ」)が一躍、注目を浴びています。この概念は、比較的新しく、1990年に入ってから虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞など)発症の危険因子として提唱されました(表1)。5項目のうち、3つ以上ある場合に診断されます。やはり肥満がトップにきますし、腹囲に反映される内臓肥満が特に重要です。高血圧以外は糖代謝と脂質代謝の異常で、糖尿病との重なりが察せられます。糖尿病には若年で発症し重症化しやすい1型と、中高年で発症し徐々に進行する2型があります。日本では1型糖尿病は稀ですから、2型を「糖尿病」と呼ぶことにします。肥満は肝臓に障害を起こします。そのために、「肥満 = 肝疾患」と考えている医学者がいるくらいです。今回は肥満が引き起こす一連の肝疾患に焦点をあてて考えてみたいと思います。これからお話しする「非アルコール性脂肪性肝疾患」はメタボ症候群の肝臓における表現型と考えられています。しかし、メタボを構成する5因子の中には、肝疾患の要素が含まれていません。ですから、肝疾患はメタボの部分症状ではありません。見かけ上は太っていない人でも、内臓肥満があれば肝疾患が起こります。
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)
1980年に米国ミネソタ州RochesterにあるMayo Clinicから新しい肝疾患の画期的な報告があり、波紋が次第に広がりました。糖尿病の女性に肝生検を行ったところ、アルコール性肝疾患に特有な脂肪沈着と白血球(好中球)の浸潤が認められました。線維化が見られた症例もあったので「進行すれば肝硬変に繋がる」と予想されました。飲酒歴がなかったので、この病態は非アルコール性脂肪性肝炎(Non-Alcoholic Steato-Hepatitis [NASH])と命名されました。後に、その前段階であり炎症を伴わない単純性脂肪症(Simple Steatosisで、いわゆる脂肪肝です)をも含めて、疾患概念が非アルコール性脂肪性肝疾患(Non-Alcoholic Fatty Liver Disease [NAFLD])に拡大されました。検索用語にNAFLDまたはNASHを含む英文論文数の推移が、この疾患群に対する世界中の注目度を如実に物語っています(図1)。発見以来20年間は沈静を保っていましたが、今世紀に入ってからは直線的に増加を続けています。ことの始まりは、アルコールを飲まないのに内臓肥満が蓄積し、その結果として肝臓に脂肪が沈着する「脂肪肝」です。脂肪肝は殆ど無害で生命予後にも影響しない、と考えられてきました。しかし、一部で肝炎(NASH)を発症し、更に肝硬変から肝細胞癌まで進行することが、次第に明らかになってきました。そのために今は大騒ぎの状態で、論文数の急速な増加にその影響がよく現れています。
まるで「パンドラの箱」を開けてしまったようです。「眠れる巨人」を起こしてしまったのかも知れません。NAFLDは、肝臓の脂肪沈着が原因となる一連の肝疾患で、広い幅があることを先ずご理解下さい(図2)。重症度が進む順番に:❶単純性脂肪症;❷脂肪性肝炎(NASH);❸肝硬変;そして❹肝細胞癌にわたる振幅があることを、把握しておく必要があります。最も軽い単純性脂肪症(いわゆる脂肪肝です)なら、生命に対する影響は殆どなく、寿命を全うできます。しかし、いったん脂肪性肝炎を発症しますと徐々に線維化が進行するので、予後は悪くなります。勿論、肝硬変に至りますと、もう後戻りは困難です。究極的には肝細胞癌の原因となります。NAFLDは、今まで表面化しなかったので、肝硬変と肝細胞癌には「潜因性(cryptogenic)」の名が付されています。これらの4病態で、それぞれの境界がはっきりしませんし、どの位の頻度と速度でNAFLDが進行するのかも、まだ明らかでありません。ですから、NAFLDが及ぼす健康被害の大きさが掴みにくいのです。結局のところ、出来るだけ沢山のデータを集めて、それを根拠として総合判断する以外はなさそうです。
肥満が生命と発癌に及ぼす影響
肥満の程度は「肥満指数」で測定されます。BMI(body mass index)と呼ばれていますが、体重(キログラム単位)を身長(メートル単位)の二乗で割った値で、国際的に25が境界とされ、25~30が体重過多(overweight)、30以上が肥満(obesity)と定められています。これにはしかし人種差があって、日本人を含めた東洋人では、境界はやや低めに設定されています。従って、22超から25未満が体重過多、25以上が肥満と定義されています。肥満は健康を損ないます。1982から2002年にわたって米国の非喫煙者317,875名が追跡され、この間に69,229名(21.8%)が死亡しました。BMIが23.5~25を基準(危険率:1)とした死亡危険率をBMI別に描出すると図3のようになります。BMIが18.5以下では死亡率が1.25倍となって25%高くなります、これはもともと基礎疾患があって痩せていた人が含まれていたことが原因でしょう。18.5~25にわたって死亡危険率は1に限りなく近いので、米国で体重過多の境界を25と定めた理由が納得できます。20年間の死亡率はBMIと平行して上昇し、40を超える超肥満(super obesity)では2.25倍(125%の増加)にもなりますので、恐ろしさがひしひしと伝わってきます。この集団では喫煙者が除外されていますが、もし喫煙者を入れたとすれば、死亡危険率は全体として底上げされる筈です。
同じく米国で1982年から1997年まで喫煙者を含む900,053名が追跡されて、16年間に57,145名(6.3%)が色々な臓器の発癌のために死亡しました。BMIが25未満を基準とした(危険率:1)癌死の危険率を、最も人数が多いBMIが30~35の集団と比較してみました(図4)。肥満が癌による死亡を増加させる程度は臓器によって違い、全般に高くなりますが、肺癌の危険率だけは減少させます。喫煙は食欲を減退させ「やせ薬」としての効果がありますので、痩せた人に肺癌が多いことが納得できます。注目すべきは肝臓癌で、危険率が2倍近くありますので、発症率が図抜けて高くなります。この事実に飽食と運動不足によって加速された、肥満がもたらす究極の転帰が見え隠れしています。米国民の20%がNAFLDで、2~3%がNASHと推定されています。日本でも、成人の脂肪肝が2000年までの12年間に、13%から30%に急増しました。何しろ、今後10~20年の間に世界中の肥満人口が全人口の50%に近い、30億人を超える見通しなのです。 |
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NAFLDの発生の仕組み
NASHの発症メカニズムは二段階あると考えられています(「two hit theory」と云われます(図5)。元凶は、内臓肥満に伴う肝臓の脂肪沈着です。この時点で肝障害は未だありませんが、NAFLDの本態でメタボ(リック)症候群の別名でもある「インスリン抵抗性」は既に完成しています(第一段階 [first hit])。第二段階(second hit)は脂肪細胞(組織)が主役です。脂肪は単にエネルギーを蓄えるだけの貯蔵庫と見なされてきましたが、近年サイトカインを含む種々の活性物質(アディポカインと総称されます)を放出する内分泌臓器として注目されるようになりました。脂肪細胞に蓄積した遊離脂肪酸(free fattly acid [FFA])による刺激のために、向炎症性サイトカインと活性物質が分泌されて肝障害が加速されます。レプチンは食欲を抑える作用があって、肥満では血中濃度が上昇するのですが、レプチン抵抗性も増加するために食欲抑制効果は発揮されません。活性物質の中では、アディポネクチンだけが「善玉」で肝障害を改善する働きがあります。総合結果として脂肪組織の過酸化が起こって、活性酸素種が増加するので酸化ストレスが強くなります。C型肝炎のように、鉄の沈着も肝疾患進行に加担します。これらに加えて最近、NAFLD発症の原点として腸内細菌叢の変化が注目されています。腸の透過性が増すために、細菌が分泌する有毒物質(エンドトキシン)が門脈を通って、直接肝臓に突入して肝障害を起こします。
NAFLD健康影響の大きさ:終末病態の把握
肝生検所見を金科玉条とするNAFLDの確診は事実上不可能ですが、手がかりはあります。AST(GOTとも云います)とALT(GPT)の値が共に上昇し、AST/ALTの比が1より低くなります。しかし、線維化が進むにつれてAST/ALT比が上昇し、1以上になりますが、これは肝硬変の特徴でもあります。すなわち、炎症の割には線維化が強くなると思われます。ほかにガンマGTPと、炎症を反映する急性期タンパク(CRP)の値(高感度測定法による)も上昇します。超音波による画像診断では、脂肪沈着のために肝臓の反響(エコー)が他臓器(腎臓と脾臓)の反響より強くなり、白く輝いて見えます。「輝く肝臓(bright liver)」と云われています。1988から1994年の全米調査で、ALT又はASTの上昇が17歳以上の成人15,676人中の7.9%に認められ、その69%が原因不明でした。全国民に換算すると900万人に相当します。NAFLD経過中にALTとASTの上昇がある筈ですし、メタボ症候群の因子とも相関関係があったので、一つの疫学的指標になりそうです。NAFLDの終末病態は肝細胞癌なので、肝癌の原因分布を調べれば健康被害への衝撃度(インパクト)を測ることができる筈です(図6)。原因不明の潜因性(cryptogenic)肝癌に含まれますが、 大雑把にその半数がNAFLDと想定されています。従って、国によって違いますが、NAFLDが原因となる肝癌の割合はアメリカで約15%、イタリアで約4%となります。日本はイタリアに近い割合だろうと推定できます。
日本の肝癌の原因はウイルス肝炎が圧倒的に多く、潜因性肝癌の半分(5%)がNAFLDと思われますが、その影響は未だ少ないようです(図7)。アメリカでは肝硬変による肝移植の手術で、摘出された肝臓の組織検査がNAFLDの頻度を推定する手がかりとなります。2005年ではNASHを含めた潜因性のうち7%がこれに相当しますので、既に日本よりはNAFLDがもたらす終末病態の頻度が高いことが分かります。2020年にはNAFLDのための肝移植症例がC型肝炎を凌駕する、と予想されています。 |
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NAFLDの問題点
NAFLDの全体像は、まるでパンドラの箱を開けたようなもので分からないことずくめです(表2)。肝硬変から肝細胞癌に至る一連のスペクトルが判明した以上は、NAFLDの概念をこれらを含めた全病態に拡大した方が分かりやすいかもしれません(図2をご覧ください)。その上で脂肪症を独立させて、NAFL(Non-Alcoholic Fatty Liver)と呼んでもよいのではないでしょうか? NAFLD発症の第1段階で、単なる脂肪肝の状態です(図5をご覧下さい)。最大の隘路はNAFLDの確診に肝生検で脂肪沈着を証明する必要があること、とアルコールの影響です。1990年までは「一滴も飲まないし、飲んだこともない」が診断の必要条件だったのですが、そんなことを云っていると症例数が激減しますし、時勢に合わせて軽度の飲酒が許容されてきました。しかも、国によって一日20グラムから40グラム迄の幅があります。とりわけイタリアの医学者は臆面もなく「男子60グラム、女子40グラムまでの飲酒は肝障害を起こさない」と豪語してはばかりません。BMIと腹囲を計測した結果、NAFLDの危険性があると分かった御当人にとっては、辛うじて健康体の範囲に該当する脂肪症とNASHの見分けが切望されます。さらにまた、一旦NASHを発症した場合には、生命予後に大きく影響する肝臓の線維化、特に肝硬変と区別しなければなりません。両方とも境界線が不明確ですが、理由は肝生検が必要なことです。たとえ肝生検を施行できても、既に炎症が燃え尽きていれば手がかりは得られないのです(燃え尽き [burned out] NASHと称される状況です)。医療従事者の最大の関心は、NAFLDが国民に及ぼす健康被害の大きさ、特に肝臓死(liver related death)の頻度ですが、これが掴みにくいのです。自然史(natural history)が正確に把握されていない事が原因ですが、これは「永遠の謎」となるでしょう。多数の健康な人間を捕まえて「太っているから」の理由だけで数十年にわたって定期的に肝生検を繰り返すこと等できる道理がありません。一万回に一度あるかないか、の低い頻度ですが、肝生検は死亡の危険を伴います。そのため肝生検の適応は、それによって得られる情報が治療に役立つ場合に限られます。NASHに対する薬剤治療が全くない現時点では、これが肝生検の施行を困難にする最大の原因となります。
NAFLDの実態:「軽い疾患」か「重い疾患」か?
NAFLDの疾患概念が提唱されてから、まだ30年が経過しただけで、研究が盛んに行われるようになってから、10年ほどしか経っていません。幅広い疾患で、やがで世界中で半数の人がNAFLD発症の危険集団となりそうですが、分からないことが多くて、まるで「パンドラの箱」をあけたような騒ぎです。しかも不幸なことに、まだ治療薬がないので、箱の中に残されている筈の「希望」が見あたりません。その上自然史が全く分からないので、肝疾患の経時的進行状況が掴めません。途中経過は分かりませんが、「入り口」と「出口」を把握することはできます。日本人の中で「入り口」にあたる脂肪肝の総数は2,000万人と推定されています。「出口」である肝臓死は、肝細胞癌による死亡だけが対象となりますが、32,000人の5%として年間あたり1,600人です(図7をご覧下さい)。これから計算すると脂肪肝の人の中で、今のところ僅か1万人に1人(0.01%)しか肝臓死しないことになります。しかし、「入り口」と「出口」の人数が同じでも、途中経過によって健康被害は大きく違ってきます(図8)。脂肪肝の全員が同じペースで進行するのであれば、NASHと肝硬変患者の数が膨大になり「重い疾患」となります(図8のA)。一方、脂肪肝患者がある一定の患者だけで肝病変が進行するのであれば、限られた集団の疾患となりますから、健康被害はずっと少ない「軽い疾患」になります(図8のB)。多分この中間のどこかなのでしょうが、全貌を明らかにするために各段階の診断が是非必要であることが、がよく理解できます。将来、肝生検に頼らないですむ信頼できる画像診断と線維化の血液診断が開発されれば、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の全貌が、もっとはっきりすることを期待できます。
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