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ヒト肝炎ウイルス発見の歴史 ー 四大肝炎ウイルスが出揃うまで現在ヒトに感染する肝炎ウイルスは五種類知られていて、それぞれA型(HAV)、B型(HBV)、C型(HCV)、D型(HDV)およびE型(HEV)とよばれています。HDVはHBVが同時に感染していないと増殖できない「不完全ウイルス」で、しかも日本には殆ど存在しません。 肝炎ウイルスの同定はヒトでの感染性と「一度かかったら二度と感染しない」という治癒後の免疫獲得から臨床症例で想定し、次にサル類での感染実験で証明してきました。しかしその実態はウイルスを目で見ることで、やっと実感できたのです。1970年代末からはウイルスの塩基配列を決定できるようになりましたが、それ以前は抗体を使ってウイルス粒子を凝集させ、それを細かい金属製の網ですくって電子顕微鏡で見る、免疫電子顕微鏡がウイルス発見法の全てでした。HBVだけは例外で、1964年にBlumbergがオクタロニー・二重免疫拡散法を使って、ウイルス遺伝子を含まない小型表面抗原(オーストラリア抗原)粒子を発見しました。1970年にDaneが免疫電顕法で、数の上では小型表面抗原粒子の千分の一にも満たないHBV本体の写真を撮影して、以来それがDane粒子と呼ばれています。1973年にはFeinstoneが、流行性肝炎患者の糞便中に、同じく免疫電顕法でHAVを証明しました。 HAVとHBVの発見は肝炎ウイルスの研究にさらなる発展をもたらしました。HAVでもHBVでもない肝炎ウイルスが、まだ二種類は存在することが明らかになって、本体が不明のままに「非A、非B肝炎ウイルス」とよばれました。一方はHBVと同様にそれを含む血液が輸血や注射などによって、皮膚を突き破って侵入し感染する血液伝播性ウイルスで、1989年にChooが分子生物学的方法でウイルス遺伝子の一部を発見して、HCVと命名されました。しかし免疫電顕法でHCVを目視できるまでには、更に数年を必要としたのです。他方はHAVと同様に感染者の便中に排泄され、経口感染するウイルスでした。後にHEVとよばれることになるのですが、実はこの方がHCVより早く発見されていたのです。 1983年にモスクワのポリオ・ウイルス性脳炎研究所のBalayanは、中央アジアで飲料水を介して肝炎に集団感染した、急性期の患者糞便からの抽出液を飲んだのち自らの便中に免疫電顕法でHEVを発見しました。そして自分の回復期血清中にこれを凝集させる抗体を証明したのです。しかし、文献データベースにHEVが登場するのは1990年になってからで、これはHCV抗体による感染の診断が一般化した時期と奇しくも一致しています。 肝炎ウイルスのあらましについては、弊社ホームページに掲載されております『肝炎ウイルス十話』の第二話「五種類ある肝炎ウイルス」をご覧頂ければ幸いです。 肝炎ウイルス関連論文の動向 E型肝炎の研究は日本が中心となって展開し、その結果が広く世界に広まっています。誇らしいその足跡を日本から発表された数々の医学論文でたどることができます(図1)。四大肝炎ウイルスのそろい踏みが開始した1990年以来、過去19年間の英語医学文献・年間発表数が、どのように変遷したかをデータベース上で検索してみました。表題にhepatitisとvirusを含み、キーワードとしてHAV、HBV、HCVあるいはHEVを含む論文の、暦年出版数を調べたのです。血液伝播性のHBVとHCV論文数の方が、糞口感染性のHAVおよびHEV論文数より文字どおり「桁違い」に多いことが分かります。臨床的インパクトの大きさがまるで違うので、当然のことといえます。全世界でHBVは3億5千万人、HCVは1億7千万人に持続感染し、ともに肝細胞癌に至る慢性肝疾患を起こします。血液伝播性肝炎ウイルスでは、やはり期待に応えて1989年に彗星のごとく登場したHCVの躍進ぶりに驚かされます。僅か3年で先行のHBVを追い越して、その後もかなりの差で水をあけています。 かたや糞口感染性の肝炎ウイルスに目を向けますと、レベルは10分の1以下のささやかな戦いではありますが、後発したHEVの健闘ぶりに驚かされます。HAVと比べて感染者は数分の一以下で、全体としての臨床的意義もずっと少ないのに、です。総数651編のHEV論文で、日本からの発表は94編(14%)もあります。しかも2003年以降は日本からの論文の割合が高く、ほぼ4分の1(24%)のレベルを堅持していて、肝炎の研究分野では、珍しいことです。 E型肝炎の血清診断
![]() 日本におけるHEV感染密度の極端な地域差 この結果から直ちに「輸血にはHEV感染の危険がある」と早とちりしてはなりません。献血時には必ずALT検査が行われ、60単位を超える場合には患者に輸血されることはありません。ですから、ALTが200単位を超える献血が受血者にHEVを感染させる余地はありません。更にまた、ALTが200単位を超える献血の割合は全体の2%程度ですから、図7での数字が全て国民では50分の1に減少します。献血者の全数検査を行った結果では、頻度の高い北海道でもHEV RNA陽性率が9,848人あたり1人ですから、道民の感染頻度は0.01%の低さになります。 輸血を介したHEV感染に受血者の責任はありません。これは医療に伴う国家の責任であろう、との見地に立って2003年からHEV感染が多発する北海道で核酸増幅法(NAT)による献血のスクリーニングが開始されました。しかし感染率が低いので、輸血後のE型肝炎をたった1例予防するためにも、1万人以上の献血者を検査してHEV RNA陽性ドナーを除外することが必要になります。NATスクリーニング以前にも輸血後HEV感染が5例発見されましたが、受血者に劇症肝炎は発症していないので、死亡例はありません。これは、確率の上からも、十分に納得できる結果です。
日本に蔓延するHEV感染の原因と感染防止対策 世界的な規模で一部の生ブタ内臓は感染性があるHEVによって汚染されている、と考えて間違いなさそうです。これがIgG型HEV抗体頻度にみられる、国民の高いHEVの感染率の一部を支えているのかもしれません。HEVはブタの腸でも増殖するので、肝臓以外の内臓にも感染性がある可能性があります。焼肉店で、ブタの内臓にしっかり火を通してから食べることが必要なことは云うまでもありません。その上に、生ブタ内臓をつまんだ箸(又はトング)で、十分に火を通した焼き肉(又は内臓)、サラダとご飯を口に運ぶ行為にすら危険が伴います。これは焼肉店に限ったことではありません。主婦が家庭でブタ内臓を調理するときに使用した包丁とまな板は勿論のこと、内臓に触れた手も十分に洗浄・消毒してから直接口に入る生もの(サラダ、果物など)を調理しないと、HEVの「持ち込み(carry over)」の危険性があります。食べる方も、十分に手を洗ってから食事をすることが予防につながります。インフルエンザ感染の予防にも繋がるこういった基本的な衛生維持を徹底することで、全国規模のHEV感染を予防し、IgG型HEV抗体の陽性率を低下させることができるはずです。これが潜伏期にあるHEVに感染した献血者をも減少させ、輸血後HEV感染の根絶に導くでしょう。 HEV感染の免疫予防(E型肝炎ワクチン)HEVにはゲノタイプが4種類ありますが、血清型は1種類だけです。ですから、HBVの感染を予防するB型肝炎ワクチンと同様に、あらゆるゲノタイプのHEV感染を予防できるワクチンの開発が可能です。実際にHEVのカプシド(ウイルス核)タンパクの一部を再現した組換え型のE型肝炎ワクチンが開発され、外国の海外派遣兵士で効果が証明されています。ワクチンを、とりあえずHEV感染の危険集団である医療従事者、海外渡航者、妊婦、HBVとHCVならびにHIV感染患者に接種することは正しい選択といえそうです。しかし、HEVの自然感染後でもHAVと違って中和抗体が長続きしないことは、年齢別のIgG型HEV抗体の頻度からも明らかです(図4をご覧下さい)。実際にインドでは、HEVの再感染例も報告されています。従って、定期的にE型ワクチンを接種する必要性が出てくるかもしれません。 日本では、そして世界でも2004年からHEVの研究が急速に進歩して、沢山の新しい事実が明らかになりました。それと同時にHEVの神秘性が浮かび上がり、謎は深まるばかりです。何よりもHEV感染後の経過(自然史)を、老若・健常人と様々な危険集団で把握することが必要です。そのために、HEV RNAよりは簡単で安価なHEV抗体の測定法が早急に普及することが望まれます。 参考文献 Takahashi M, Kusakai S, Mizuo H, Suzuki K, Fujimura K, Masuko K, Sugai Y, Aikawa T, Nishizawa T, Okamoto H: Simultaneous detection of immunoglobulin A (IgA) and IgM antibodies against hepatitis E virus (HEV) Is highly specific for diagnosis of acute HEV infection. J Clin Microbiol 2005;43:49-56. Tanaka E, Matsumoto A, Takeda N, Li TC, Umemura T, Yoshizawa K, Miyakawa Y, Miyamura T, Kiyosawa K: Age-specific antibody to hepatitis E virus has remained constant during the past 20 years in Japan. J Viral Hepat 2005;12:439-442. Sakata H, Matsubayashi K:, Takeda H, Sato S, Kato T, Hino S, Tadokoro K,Ikeda H: A nationwide survey for hepatitis E virus prevalence in Japanese blood donors with elevated alanine aminotransferase. Transfusion 2008;48;2568-2576. Fukuda S, Ishikawa M, Ochiai N, Suzuki Y, Sunaga J, Shinohara N, Nozawa K, Tsuda F, Takahashi M, Okamoto H: Unchanged high prevalence of antibodies to hepatitis E virus (HEV) and HEV RNA among blood donors with an elevated alanine aminotransferase level in Japan during 1991-2006. Arch Virol 2007;152:1623-1635. Patra S, Kumar A, Trivedi SS, Puri M, Sarin SK: Maternal and fetal outcomes in pregnant women with acute hepatitis E virus infection. Ann Intern Med 2007;147:28-33. Kumar Acharya S, Kumar Sharma P, Singh R, Kumar Mohanty S, Madan K, Kumar Jha J, Kumar Panda S: Hepatitis E virus (HEV) infection in patients with cirrhosis is associated with rapid decompensation and death. J Hepatol 2007;46:387-394. Mizuo H, Yazaki Y, Sugawara K, Tsuda F, Takahashi M, Nishizawa T, Okamoto H: Possible risk factors for the transmission of hepatitis E virus and for the severe form of hepatitis E acquired locally in Hokkaido, Japan. J Med Virol 2005;76:341-349. Yazaki Y, Mizuo H, Takahashi M, Nishizawa T, Sasaki N, Gotanda Y, Okamoto H: Sporadic acute or fulminant hepatitis E in Hokkaido, Japan, may be food-borne, as suggested by the presence of hepatitis E virus in pig liver as food. J Gen Virol 2003;84:2351-2357. Kulkarni MA, Arankalle VA: The detection and characterization of hepatitis E virus in pig livers from retail markets of India. J Med Virol 2008;80:1387-1390. Feagins AR, Opriessnig T, Guenette DK, Halbur PG, Meng XJ: Detection and characterization of infectious Hepatitis E virus from commercial pig livers sold in local grocery stores in the USA. J Gen Virol 2007;88:912-917. Li TC, Miyamura T, Takeda N: Detection of hepatitis E virus RNA from the bivalve Yamato-Shijimi (Corbicula japonica) in Japan. Am J Trop Med Hyg 2007;76:170-172. Haagsma EB, van den Berg AP, Porte RJ, Benne CA, Vennema H, Reimerink JH, Koopmans MP: Chronic hepatitis E virus infection in liver transplant recipients. Liver Transpl 2008;14:547-553. 平成17年度 厚生労働科学研究費補助金「E型班」総括研究報告書 |
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