B型肝炎ウイルス(HBV)はヒトに感染しますが、これと同種の肝炎ウイルスが大型類人猿だけでなく、齧歯類から鳥類まで広く動物界に蔓延しています。過去40年にわたって感染実験の結果が、HBVのウイルス学的研究のみでなく、治療と予防のために役立ってきました。今回は、その背景と経緯ならびにHBV感染実験の最前線について、お話ししたいと思います。

B型肝炎ウイルスの高い種特異性と臓器特異性

 HBVは1964年にウイルスの「ころも(エンベロープ)」である表面抗原(hepatitis B surface antigen [HBsAg])が免疫学的な方法で発見され、1979年になって約3,200個の塩基からできている二重鎖DNAウイルスであることが分子生物学的な手法を駆使して証明されました。その後、HBVによく似た肝炎ウイルスが、チンパンジー、ゴリラとオランウータンなどの大型類人猿に感染していることが明らかになりました。最近、新たにエチオピアで約1000万年前の地層から発見されたゴリラ祖先の化石研究から、人類とチンパンジーが分化したのは700万年前、ゴリラとは1000万年そしてオランウータンとは1500万年も昔だった、と以前に推測されていたより、それぞれ200万年ほども上方修正されました。

  HBVはそれほど昔から人類と類人猿共通の祖先に感染していたことになります。それどころか、8000万年以前に人類と袂を分かったリスなどの齧歯類もHBVに対応する肝炎ウイルスが感染していますし、恐竜時代にさかのぼる3億年以前に分かれた鳥類(アヒル、ツルとサギ)にもHBVによく似た肝炎ウイルスが感染しています。人類が初めて火を使ったのは1万年前で、有史時代は僅か5000年程に過ぎませんから、動物界がHBVに感染した歴史が天文学的に永い事実に驚かされます。

  HBVの特徴は肝臓(厳密には肝細胞)に感染し、他臓器には感染しないことで、これを「臓器特異性」と云っています。もう一つの特徴は、種を超えて感染しないことで、これを「種特異性」と呼んでいます。いくつかの代表例を挙げてみます。ヒトHBVはチンパンジーのHBVと同一なウイルスであると考えられています。ですから、HBVはチンパンジーにも感染して肝炎を起こします(図1)。そのために、長年チンパンジーが受難した過去があるのですが. . . 。齧歯類の代表として、ウッドチャックのHBVがあり、WHBV(woodchuck hepatitis B virus)と命名されています。ウッドチャックは、広く北米に野生し土の中を本拠としているので「地中豚 [ground hog]」とも通称されています。WHBVは、母児感染後の経過がとても速く、数年で肝硬変から肝細胞癌へと進展します。ヒトのHBV感染では、これが40年から50年もかかりますので、経過時間が10分の1以下に短縮されています。そのために、HBVの持続感染による肝細胞癌の研究には、うってつけの動物モデルです。アヒルも固有のHBVに感染していてDHBV(duck hepatitis B virus)と名付けられています。DHBVは回転が速いのでHBV増殖機構の研究に多大な成果をもたらしました。ヒトHBVは種特異性のためウッドチャックにもアヒルにも感染しません。ウイルス自体も違うので、彼ら固有のWHBVとDHBVによる感染実験は、ヒトでのHBV感染を完全に再現できない弱点があります。

HBVの感染実験

 HBV発見以前には、これをA型肝炎ウイルス(hepatitis A virus [HAV])と区別する必要がありました。そのために、現在では考えられないことですが、外国で人体実験が行われていました。篤志家(ボランテイア)と称されていましたが、主たる対象は受刑者でした。「それはひどすぎる」との世論が高まって、人体実験は廃止されました。同時に、チンパンジーが代役を引き受けることになりました。

 HBVが種特異性を超えて感染するのは、チンパンジーだけです。1972年HBV持続感染者の血漿を接種したチンパンジーがHBs抗原陽性となり、肝炎を発症して以来少なくとも数百頭に感染実験が行われました。HBV陽性血清中のウイルス量を決定するだけでチンパンジーが何頭も使われましたしHBs抗原を使ったワクチンの開発と効果判定にも多数のチンパンジーが協力しました。1989年にやっと発見されたC型肝炎ウイルス(HCV)でも、チンパンジーが主役でした。その上、発見以前の十数年間はチンパンジーの感染実験だけが、HCVの存在を調べる唯一の手段だったのです。人類はヒト肝炎ウイルスの発見と研究の過程で、チンパンジーから数多くの貴重な教えを学んできました。今こそ、彼らに深く感謝しなければなりません。絶滅危惧種となりましたし、ヒトに最も近縁の霊長類に迷惑をかけることへの倫理的抑制から、チンパンジーでの肝炎ウイルスを含めたあらゆる感染実験が禁止されています。

 チンパンジー以外にも、例外的にヒト肝炎ウイルスに感染する動物がいます。「ツパイ」とう名前でインドから中国南部と東南アジアにかけて棲息しています。体重は約200グラムで、実験動物としては手頃な大きさです。長い尾をもち「木ネズミ」あるいは「リスもどき」とも呼ばれています。中国の研究でHBVとHCVに感染することが、報告されています。チンパンジーと比べて感染率が低く、しかも持続感染しないことがツパイ研究の幅を狭めています。大規模な繁殖はまだされていないので、猟師が森で捕獲する野生ツパイが殆どですから、清潔で均一な実験動物の入手は困難です。

 ツパイにまつわる、数奇な宿命があります。きっかけは、ツパイの耳がヒトとサルの耳によく似ていることでした。ツパイは以前、食虫目に入れられていましたが、20世紀に入ってからはヒトとサルに並んで、霊長目に分類されるようになりました。人間と同様に、仲間外れにされるとひどく落ち込んでしまうので集団心理学の研究に使われています。しかし1960年代以降、ツパイの系統学的位置が再検討され、食虫目に逆戻りさせられる趨勢が強まっています。チンパンジーと並んでヒト肝炎ウイルスに感染する貴重な存在ですので、その事実を重く受け止め、是非霊長目に加わって貰いたいものです。

肝臓がヒト肝細胞で置換されたキメラマウスの開発

 チンパンジーは大型動物ですので感染実験には莫大な費用がかかりました。実験費用は別として、一頭を一年間飼育するだけでも500万円が必要だったのです。一般に医学実験には体重20グラム位のマウス(ハツカネズミ)か、それより一回り大きく約200グラムあるラット(ダイコクネズミ)が使われてきました。ところが、いくら探しても、マウスとラットに感染している種特異性HBVが見つからなかったのです。また、ウッドチャックのWHBVとアヒルのDHBVが、あまりにもHBVとかけ離れていますので、これらは実験動物としてチンパンジーに遠く及ばない事情がありました。

 しかし、すばらしい代案があったのです。マウスの肝臓をヒト肝細胞で、そっくりあるいは大部分を置き換えてしまう方法です。これには、いくつかの前提条件があります(表1)。先ず、移植したヒト肝細胞が肝臓でのびのびと増殖するためには、マウス自身の肝細胞を駆除しなければなりません。この目的で、あらかじめマウスの染色体に肝細胞毒を発現する遺伝子を組み込んでおきます。凝固タンパクを分解するウロキナーゼ型プラスミノーゲン(uPA)遺伝子を、肝細胞だけで発現するように肝臓で合成されるアルブミン遺伝子の促進因子(プロモーター)の支配下に組み込むことで、この目的が達成されます。二つ目に、例え移植された肝細胞が増殖してもそれに対して免疫反応が起こり拒絶され死滅しては困ります。これは先天的に液性ならびに細胞性免疫を欠如した重症複合免疫不全症(severe combined immuno-deficiency [SCID] syndrome)がある、スキッド(SCID)マウスによって解決されます。第三に、この方法で繁殖したマウスに発症する組織障害(主に腎炎)を予防することがあります。これはヒト肝細胞が産生する補体の抑制剤を使うことで回避できます。このように複雑な仕組みで開発された、肝臓がヒト肝細胞で置換されたマウスは「キメラマウス」と呼ばれています。実現のために、世界中の英知が結集していますが、鍵となる重要な部分は、日本での研究結果にもとづいているのです。

 肝臓がヒト肝細胞に置き換えられたキメラマウスの作成手順をご紹介します(図2)。肝障害を起こすuPA遺伝子を組みこんだトランスジェニック(Tg)マウス(肝細胞障害があるので肝臓は白く見えます)と免疫不全のSCIDマウスを交配します。染色体が二組ありますので、一組だけに該当遺伝子があったとしても、4分の1の確率で目的遺伝子を二組ずつ持つマウスが得られます。二組の染色体ともuPA遺伝子(あるいはSCID遺伝子)を担うマウスが親であれば確率は二倍になります。生まれてから2ないし4週後にuPA/SCID交配マウスを麻酔して、腹部を5ミリほど切開し、脾臓を露出させてそこに約百万個のヒト肝細胞(外国でカタログ販売されています)を注射します。

 ヒト肝細胞は門脈から肝臓に到達し、uPA発現のため障害を起こしている白いマウス肝細胞と置き換わり、12回以上分裂すると肝臓全体の98%をも占拠するようになります。ヒト肝細胞は茶褐色なので肝細胞の置換を肉眼的に確認できます。ヒト肝細胞はヒトアルブミンを生産します。従ってマウス血液中のヒトアルブミンを測定すれば、置換率を判定できます(図3)。ヒトアルブミンの濃度が、血液1ミリリットルあたり6ミリグラム以上になれば、ヒト肝細胞で肝臓の70%以上が置換された目的とするキメラマウスができたことが確認されます。キメラマウスは、免疫力がなく細菌などの外敵に弱いので無菌操作が必要になります。そのほかに補体抑制剤(フサン)を与え、ヒト肝細胞が産生できないビタミンCを補食させる必要があります。

 一匹のキメラマウスで、移植した肝細胞を100倍ふやすことができます。体重20グラムのマウスで、肝臓は約1グラム以上あります。これを移植源とすれば、次世代で100グラム、次の世代では10キログラムまで、それこそ「ネズミ算」的にヒト肝細胞を増やすことができるはずです。しかし現在の技術では、この様な継代移植はまだ困難です。

 ヒト肝細胞を持つキメラマウスにはいろいろな応用があります。代表的な応用を挙げてみます(表2)。ウイルス性肝炎の立場からは、チンパンジーを使わないで感染実験ができることです。ガラス容器中の培養肝細胞ではなく生体内のしかも肝臓全体の感染ですから、より生理的な条件で、ヒト肝細胞の感染を再現できます。感染後HBV(あるいはHCV)が血中に出現するまでの潜伏期間と、初期のウイルス増殖動態の研究には最適です。献血で問題となっている、感染後に核酸増幅検査(Nucleic Acid Amplification Test [NAT])で検出できない「NATウインドウ」を正確に規定できるはずです。しかし、長期生存が難しく、また免疫応答が欠如していますから、肝炎は起きにくく、発生病理を追求できない泣き所があります。次に、抗ウイルス製剤のHBVとHCVに対する効果判定ができます。HBV治療ではウイルス増殖を阻害する核酸類似体(nucleotide/nucleoside analogue [NA])が主体となっていますが、長期間使用すると薬剤抵抗性変異体(mutant)が発生あるいは選択されて、薬の効きが悪くなります。その結果として「いたちごっこ」のように、新薬開発が後を絶ちません。キメラマウスが最も得意とする、抗肝炎ウイルス剤開発への出番が、これから数十年は続くと予想できます。

 三番目に薬剤の肝障害を挙げましたが、実はこれがキメラマウス最大の適用となります。従来新薬の肝障害判定は、小実験動物であるマウスとラットで行われてきました。しかし、ヒトとこれら齧歯類動物では肝臓での薬剤代謝(解毒と排泄)機構がかなり違っています。そのため、たとえ齧歯類では肝障害がなかった薬剤でも、ヒトの肝臓に害がないとは言い切れません。逆に齧歯類の肝臓に対して毒作用が認められてもヒト肝細胞には害がないこともあるでしょう。今迄の齧歯類を使った判定では、そのような有望薬剤が陽の目を見ることがなかったので隠れた損失があったかも知れないのです。肝細胞障害は薬剤が肝細胞にあるチトクローム酵素の作用を阻害するか、逆にその産生を誘導することによって生じます。つまりチトクローム酵素の特性がヒトと齧歯類との間で大きく違っていることが、両者で薬剤による肝障害が乖離する原因です。キメラマウスの肝臓内チトクローム酵素は勿論ヒト由来の分子であることが、詳しく調べられ確認されています。

キメラマウス以外のヒト肝細胞を担う小型実験動物

 数の上からは、キメラマウスを使った研究が圧倒的に多いのですが、他にもヒト肝細胞を担う小実験動物が開発されていますので、二つだけご紹介します。その一つは肝臓をヒト肝細胞で置き換えたキメラ・ラットです(図4)。サイズがキメラマウスの10倍もありますから、欠点がないのであれば格段に使いやすい筈です。先ずラットにヒト肝細胞に対する免疫学的寛容(抗体も細胞免疫もできないことです)を誘導する必要があります。この目的のためにラット胎児をヒト肝細胞に暴露します。生まれる以前に同居している物質は全て、免疫系が自己成分と誤認してしまうからです。ヒト肝細胞1万個を母ラット子宮内で育っている、日齢17日の胎児腹腔内に注射します。それが生れてから24時間以内に2百万個のヒト肝細胞を脾臓内に注射します。このラットはHBVに感染し4ヶ月ほどは感染が持続します。

 ヒトの肝細胞以外に対しては免疫応答が保持されていますのでヒト肝炎ウイルス感染の生態に近い環境で抗ウイルス薬の効果を判定できる、と主張されています。しかしuPA/SCIDキメラマウスとは違って、このキメラ・ラットでは、肝臓が自己の肝細胞に占拠されています。ラット肝細胞の死滅を望めないので、ヒトの肝細胞が肝臓を置換する優位性がありません。はたして置換率はどの位になるのでしょうか?

 もう一つは、イスラエルの研究グループが開発したトリメラ・マウスです(図5)。先ずマウスに致死量の放射線を照射します。放射線は増殖が盛んな細胞、とりわけ造血細胞に対する抑制効果が高いので照射マウスは完全な免疫不全と造血停止状態となって生存できません。そこで、これにSCIDマウスの骨髄細胞を移植します。SCIDマウスの免疫細胞は、重症免疫不全のために宿主に対する拒絶反応を起こさないので移植した骨髄がマウスの生存を助けます。骨髄移植を受けたマウスの腎臓皮膜下に、ヒト肝臓切片(外科的部分肝切除で得られたものです)を移植すると、拒絶反応がないので生着します。腎臓皮膜下は血管の新生が盛んなので、移植片が存続しやすい場所です。あらかじめ肝臓切片を容器の中でHBVに感染させてから腎臓皮膜下に移植します。何時までも、というわけにはいきませんが、20日くらいはHBVがヒトの肝臓切片の中で増殖を続け、血液中でHBV由来のDNAが測定できます。

 「トリメラ」とは、いったい何を意味するのか、を考えてみました。綴りは「Tri-mera」で「Chi-mera」をもじっていることが分かります。マウス2匹とヒト肝臓で合計3種動物の合体ですから、ギリシャ語の3(tri)になぞらえて新語を鋳造したのだろうと察せられます。

 しかし、ギリシャ神話に登場する「キメラ」は、もともと頭が獅子で体が山羊、そして尾が蛇である三種合体動物なのです。ですから、トリメラも所詮はキメラと同じではありませんか?

 肝炎ウイルス研究は、今まで多くの動物たちに支えられてきました。現在では、ハイテクを駆使して以前には想像することもできなかった、優れた実験動物モデルが開発されています。それを駆使した多大な研究成果が期待できますし、今後も更に技術が進んで、新モデルが続々と登場することが予測できます。

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