B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus;以下HBVと省略します)は世界総人口(66億人)の約6%に相当する約4億人もの人々に持続感染しています。感染者の一部は長期間の感染後に慢性肝炎から肝硬変を経て肝細胞癌を発症し、そのために年間100万人以上死亡すると考えられています。HBVには幾つかのゲノタイプ(遺伝子型とも云われます)があり肝疾患の重症度ならびに進行速度と薬剤の治療効果に影響する、と考えられています。

 今回は、日本人に感染しているゲノタイプに焦点を合わせ、過去のいきさつと、現在なにを知っておけばよいか、そして将来どのように発展するであろうかに的を絞ってお話ししたいと思います。

日本で開発され世界中に展開したHBVゲノタイプ

 HBVの本体はDNAで、約3,200個の塩基(アデニン、グアニン、シトシンとチミンの4種類があります)からできています(図1)。HBV DNAは環状で、20個の正三角形がつくる正二十面体のウイルス核(コアと云います)の中に収まっています。コアは表面抗原(HBs抗原で、以前はオーストラリア抗原と云われていました)に包まれています。HBs抗原粒子は直径がウイルスの半分ほどですが、数としてはウイルスの千倍以上もあります。これを免疫学的に測定してHBV感染の診断が出来ますし、ワクチンとして使用すれば感染の予防が可能です。

 オーストラリア抗原が発見されたのは1964年ですが、電子顕微鏡でウイルス本体を観察できたのは1970年で、HBV DNAの全塩基配列が決定されたのは1979年になってからでした。更にそれから10年後の1988年には、全塩基配列が分かっていたHBVが18個(株と云います)もあったのです。そこで、これら18株のあらゆる2株ずつの組み合わせ(153通りあります)で1番から3,200番までの同じ位置にある塩基が日本で比べられたのです。その結果、3,200個の塩基中で8%以上(256個に相当します)違っている、少なくとも4種類のHBVが存在することが分かりました。そこで、これらゲノタイプをアルファベット大文字のABCDで区別することにしました(図2)。図ではHBV DNAが四つの輪で表示され、それぞれのゲノタイプが、カラーコードされていますが、配列差は一箇所に集中しているわけではなく、全塩基配列に分散しています。

 たった18株のHBVを調べただけですが、それらの発生国をみただけで、いくつかの重要なことがわかります。ゲノタイプAは2株とも外国産で日本にはなさそうです。ゲノタイプBは半分が国産で、ゲノタイプCは殆どが国産です。日本ではCが主体でBもあることが分かります。ゲノタイプDは四分の一が国産でしたので、以前からあったことが明らかです。これらすべての推測は、それから20年以後に何千もの国産HBV株を調べることによって、実証されています。

 1994年になってゲノタイプEとF、2000年にゲノタイプGそして2002年にはゲノタイプHが外国から発表されましたが、これら四つは主たるゲノタイプであるABCDとは違って、世界分布が特定の国々に限局しています。

 医学研究の動向は、関連した論文の出版数で判断できます。図3で1988年に発見されてから2005年まで、年間別にHBVゲノタイプに関連した英文の論文数を数えてみました。1998年までの10年間は論文数が少なく、たかだか年間数篇でゼロの年もありますが、1999年からは順調に増加を続け2004年以降は100編を超えています。これには、理由があります。

 HBs抗原には4種類のサブタイプ(adw、adr、aywとayr)があって、1970年代の初めから抗原・抗体反応(二重免疫拡散法)を使って世界中で簡単に測定されていました。正確ではありませんし種類が少ないのですが、これである程度HBVを分類することができたのです。HBs抗原のサブタイプがあまりにも世の中に浸透していたので「ゲノタイプ分類の必要性は少ない」と考えられたのかも知れません。更に強敵として1989年にはC型肝炎ウイルス(hepatitis C virus [HCV])が発見され、1991年からHCVゲノタイプ(6種類あります)の分類が可能となり、大流行しました。そのためにHBVゲノタイプ分類の研究がますます低調になりました。

 もう一つの原因として、HBVゲノタイプ測定には、血清から核酸を抽出してHBV DNAを、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction [PCR])で増幅し更に塩基配列を解析するという、煩雑で高価な手続きが必要でした。しかし、1999年に酵素免疫測定法(enzyme immunoassay [EIA])によって、核酸を扱うことなしにHBVゲノタイプを簡単に測定できる画期的な方法が日本で開発され、キット(HBVゲノタイプEIA)として、販売されました。このキットが以後HBVゲノタイプ研究を大きく促進したのです。日本で発見されたHBVゲノタイプが10年間の不遇な時代を経て、やはり日本で開発された免疫学的測定法によって、大発展をとげたのは実に喜ばしいことです。HBVゲノタイプに日本人の関与が大きかった事実は、論文数にも反映されています。発見以来、18年間に発表された英文論文は合計479篇で105編(22%)まで日本人の著書となっています(図3)。

HBVゲノタイプの世界および日本での分布

 ゲノタイプをAからHまでの頭文字をもつ8種類の花に例えてみました。まさに今、HBVゲノタイプは「花盛り」です。(図4)。しかし、HBVゲノタイプの分布には極端な地域差があって、世界中に均等に拡散していないのです。また8種類のHBVゲノタイプの中で、当初発見されたABCDの4種類だけがアジア、ヨーロッパと北米に広く分布しそれら以外のE、FとHはアフリカと中南米に限局しています。ですから、ABCDの4種類が「主要ゲノタイプ」である、と云って良さそうです。アジア諸国ではBCが、ヨーロッパ(何故かインドも)ではADのそれぞれ2種類がよく見られるので、そのためにBC、とADが比較されることが多くなっています。

 現在、日本にはどんなHBVゲノタイプがあるのでしょうか? ゲノタイプには古くから存続するその国特有の土着型ゲノタイプと比較的近年に外国から渡来した外来型ゲノタイプがあります(図5)。アジア諸国の一員として、日本に土着性のゲノタイプはBCの2種類です。しかし、ごく最近に外国人渡航者から性感染を通じてゲノタイプAが、主として不純性交渉をもつ若年男性の間に広まり始めています。

 1970年代に皮膚の発疹を主徴とする「ジアノッティ病」が松山市の小児に集団発生し、愛媛県の中心部に広がりました。殆どの患者で血液中に日本では滅多に見られないサブタイプがaywのHBs抗原が見つかりました。約20年後に、塩基配列を測定できるようになって、全員がゲノタイプDのHBVに感染していたことが判明しました。現在も愛媛県を中心として千人ほどがゲノタイプDのHBVに持続感染していると考えられています。ごく最近、関東地方にも数名のゲノタイプD感染者が発見されましたので、全国的拡散に対する注意が必要です。

 日本でのゲノタイプDの起源についてですが、貴重な歴史的研究の結果、意外な事実が判明しました。日露戦争(明治三十七・八年戦役と云われていますから、100年以前のことになります)で戦傷したロシアの兵士を療養する目的で、松山に専門病院が開設されました。捕虜とはいっても、かなり自由な行動が許可されていて、温泉にも浸かっていたそうです。HBVゲノタイプの系統発生学的な解析から、小児のジアノッティ病をきっかけとして松山市に広まったゲノタイプD感染は、100年以前に当地で療養していたロシア人戦傷兵が起源であろう、と推測されています。

 HBVは15万年以前にアフリカで人類が発祥した以前からヒトの先祖に感染し、類人猿との間でやりとりしながら、広く五大陸に渡来し蔓延してきました(「肝炎ウイルス十話」の第十話で取り上げました)。その間に人類は進化を遂げ、大きく白人(コーカソイド)、黄色人(モンゴロイド)と黒人(ネグロイド)に分かれました。それぞれが更に部族と種族に分かれ、今では数千にも細分しています。有史以前からの長いつきあいの中でHBVゲノタイプも共分化して、互いに折り合いの良いものだけに淘汰されてきました。ですから土地固有の民族と同じ数だけ違った種類のHBVがいても不思議はありません。実際に、全塩基配列の違いが8%には及ばなくても、系統発生学的に違った種類のHBVが同一ゲノタイプの中に見つかってその数が増え続けています。発見順に、ゲノタイプの後ろにアラビア数字をつけて、サブゲノタイプ(亜型)として区別することが定着しつつあります。

そんなに沢山の種類を区別するのは大変ですし混乱します。でも、ご安心下さい(図5)。日本人に感染しているゲノタイプのサブゲノタイプは、それぞれA2B1C2D2の一種類だけです。ですから、日本ではサブゲノタイプを調べる必要はなくABCDの4種ゲノタイプを免疫学的測定法(HBVゲノタイプEIA・キット)で簡単に測定するだけで、十分にことが足りるのです。

HBVゲノタイプの応用価値に影響する諸因子

 ゲノタイプの分類と地域分布(疫学と云います)がおわかり頂けたと思いますが、ここからがいよいよ本論です。ゲノタイプを調べることが医療にどのくらい役に立つか、を考えてみましょう。一つには、HBVゲノタイプの違いによって肝疾患の重症度と進行速度に差があるか、二つめに薬の効き目(治療応答と云います)に差がでるか、があります。日本では平均してB型慢性肝炎患者の約80%が感染しているゲノタイプCと残り殆どに感染しているゲノタイプBとの間で、肝炎の病態と治療応答に違いがあるか、が問題となります。ゲノタイプの臨床的な応用を正確に判断するためにいくつかの影響する因子を知っておく必要があります(表1)。それを個別に考えてみましょう。

 (1)肝炎病態と治療応答はゲノタイプの違いだけでなくて、HBVの感染期間によっても、違います。アジアと地中海沿岸諸国(ギリシャ、イタリアなど)では、現在持続感染している方々の殆どで、キャリアである母親からの母児感染か5歳までの幼少時水平感染が原因となっています。したがって感染期間はほぼ年齢と一致しています。これに対して、北米とヨーロッパのHBV持続感染は、成人後の性感染と違法薬物静脈注射の結果が主体ですから、感染期間は年齢より20年ほど少なくなります。一般に感染期間が長いほど、肝疾患が重症化して薬が効きにくくなります。ゲノタイプAのHBVは最近日本で増加傾向にあり、成人後の感染でも10%以上が持続感染します。ですからゲノタイプA感染症例をゲノタイプCあるいはゲノタイプB感染症例と比較する場合には、感染期間の違いを考慮に入れる必要があります。

 (2)HBVゲノタイプを比較する対象で症状が悪化してから病院を受診する重症患者か、健康診断でHBV感染を偶然発見される軽症あるいは無症候性キャリアかによって治療応答が大きく違ってきます。慢性肝炎が一定以上進行して重症化しますと(例えば肝硬変)薬が効きにくくなって、ゲノタイプの差が出にくくなります。例えば、石川県の病院を受診した慢性肝炎患者と同地の健康診断で発見されたキャリアの間にはゲノタイプ分類に驚くほどの違いがあります(図6)。ですから病院を受診した患者でゲノタイプCゲノタイプBの間にさほど治療応答の差がみられなくても、軽症の患者で肝疾患を診断して早期治療を開始すれば、ゲノタイプによる治療応答が違ってくる可能性があります。

 (3)少し専門的になりますが、違うゲノタイプを持つ2株のHBV間におきる「組換え」の影響があります。典型例として日本のゲノタイプBと台湾・中国のゲノタイプBがあります。日本のゲノタイプBは、純粋型(B1亜型)ですが、これらアジア諸国のゲノタイプBには、疾患重症度と治療応答に関係するゲノタイプCの重要な一部分が組み込まれています(図7)。あとで詳しくお話しするように、日本では純粋型(B1亜型)のゲノタイプB感染が、ゲノタイプC感染と比べて肝疾患がより軽症で、薬剤応答も良好なのですが、これらの国々のゲノタイプB(B2亜型)はゲノタイプCに近いので、両者の間に日本ほどは差が出にくくなります。

 実は、この組換えがどのようにして起こるのかがよく分かっていません。HBVが誕生するときに、まず鋳型になる一本のプレゲノム(HBV RNA)を含むコア粒子が組み立てられます。そして、コアの中で酵素の働きによってHBV DNAが合成されます。しかしコア粒子は小さいのでプレゲノムが一個しか入る余地がありません。二個入らないと、子孫であるB/C組換えゲノタイプ(B2亜型)をもったHBVが生まれるはずがないのです。でも、現実にこれが存在しますので、何かまだ分かっていない仕組みがあることになります。塩基数が僅か3,200個のHBVが、塩基数1兆個(HBVの3億倍に相当します)もある人類を出し抜いています。なんと賢いウイルスではありませんか?

HBVゲノタイプの臨床的応用

 ゲノタイプが肝炎に及ぼす影響として、確実に分かっている事項は三つあります(表2)。

 (1)ゲノタイプC感染患者の方がゲノタイプB感染患者より肝疾患の進行が速く、長年たってからですが一部の患者は肝硬変と肝細胞癌になりやすいのです。

 (2)これが重要で後に詳しくご説明しますが特にインターフェロン(interferon;以下、[IFN] と省略します)治療の効果(治療応答)は、ゲノタイプC感染患者の方がゲノタイプB感染患者より悪いのです。日本ではあまり関係がありませんが、同じようにゲノタイプD感染患者の方が、ゲノタイプA感染患者よりIFNの治療応答が悪い、と外国で報告されています。

 (3)に、成人に発症する急性HBV感染の予後があります。症状が重く、半分も助からない劇症肝炎症例はゲノタイプB感染後に多いようです(急性肝炎が発症した症例では41%もあります)。またゲノタイプA感染による急性肝炎は、10%あるいはそれ以上もの症例が慢性化するので、自然治癒があるか・ないかを早急に見極めて、敏速に治療方針をたてる必要があります。

 患者さんの医者に対する究極の要求は病気を治療して貰うことですしそれが医療の使命でもあります。治療のためには診断が必要ですが診断できれば効果的な治療が可能であることが前提条件になります。病気の原因と発病のメカニズムがよく分かっていても、それに対する治療薬がないのであれば診断してもさほど実効がなくなってしまいます。

 ですから、HBVゲノタイプを測定する必要と価値があるとすれば、ゲノタイプによって薬の効き方が違うことが前提になります。治療薬は一般に高価ですし程度の差こそあれ、副作用があります。薬が効きにくいゲノタイプに感染しているのであれば、年齢を含むいろいろな事情を考慮に入れた上で、副作用の強い薬を長期間続けるのは考えものです。現在、慢性B型肝炎の治療薬として2種類があります(表3)。一つはIFNで、これには抗ウイルス作用に加えて免疫増強作用があります。もう一つは核酸類似体で、ウイルスの増殖に必要な酵素の働きを阻害することによって、IFNより強力な抗ウイルス作用を発揮します。

 HBVゲノタイプがこれら抗ウイルス製剤の治療効果に及ぼす影響を調べた論文は総説を含めますと50篇以上もあります。世界の国々で多くの医学者がいろいろな結果と結論を出していますが一致した見解は今のところただ一つでIFNの治療応答だけです。通常型IFNは注射してから24時間以内に血液中から消失するので、効果を維持するには少なくとも週3回の注射が必要です。この欠点を補うためにIFNを高分子化合物(ポリエチレングリコール [polyethylene glycol] でPegと略称されています)の中に包埋した、ペグIFNが開発されました。これですと週一回の注射ですみます。リバビリンと併用してC型慢性肝炎の治療に絶大の効果を上げていますから、ご存じの方も多いと思います。

 今までの報告の結果をまとめると、IFNのB型慢性肝炎に対する治療効果は、ゲノタイプによって明らかに違います(図8)。ペグIFN治療による血液中のウイルス量減少は(HBV DNAが定量できなくなることと、ウイルス増殖の指標となるHBe抗原 [e抗原と云われています] の消失で判定します)、ゲノタイプB感染患者では50%近くありますがゲノタイプC感染患者では約その半分の25%以下です。同様に、ゲノタイプA感染患者ではゲノタイプD感染患者より、約2倍も効きがよいのです。日本で1987年に認可され、2002年以来は長期使用が認められている通常型IFNの治療効果は、ペグIFNとくらべ全体として低いのですが、やはり同様なHBVゲノタイプによる影響があります。

 2000年にラミブジンがB型肝炎の治療適用となり、副作用が少なく長期使用できることもあって、多大な効果をあげています。でも使用期間が長くなるにつれ薬剤耐性のHBV変異体が出現し、それが時として肝炎を悪化させる難点があります。2004年にはアデフォビルが薬剤耐性のHBV変種に対し、ラミブジンと併用する条件で認可されました。そして2006年にエンテカビルが初回投与にも、ラミブジン耐性のHBV感染にも認可されました。

 ゲノタイプB感染がゲノタイプC感染よりラミブジンの治療効果が高く、逆に薬剤耐性HBV変種の出現は少ない、との報告はありますが、まだ本当のところは分かっていません。治療が始まったばかりの、アデフォビルとエンテカビル治療効果に対するHBVゲノタイプの影響は、勿論まだ分かっていません。

 日本には持続性HBV感染者が約150万人いる、と予測されています。2002年4月から、5年計画で5年ごとに行われる節目検診とそれ以外の検診によってHBV感染者を発見し、肝細胞癌に至る肝炎の重症化を予防するため必要に応じて抗ウイルス治療を行うことが計画されています。ウイルス増殖の指標となるHBe抗原だけでなく、ウイルス退治の目安となるHBs抗原が血液中から消失することが究極の目標となります。これには生体の免疫反応が必要ですからIFNとペグIFNが適しています。しかし、副作用が強いので、35歳未満の若年HBV感染者が主たる対象になります。35歳以上の症例では、薬剤耐性HBV変種が出現しにくいエンテカビルが、B型慢性肝炎治療の第一選択となります。

 HBVゲノタイプの測定は、まだ数万人の日本人HBV持続感染者でしか行われていません。治療を始める以前に、まずHBVゲノタイプを調べることが必要です。それによって、いろいろな治療薬の治療効果と薬剤耐性HBV変種の出現に及ぼすゲノタイプの影響が明らかになり、B型慢性肝炎の治療方針が立てやすくなることが期待されます。

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