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今回は、日本人に感染しているゲノタイプに焦点を合わせ、過去のいきさつと、現在なにを知っておけばよいか、そして将来どのように発展するであろうかに的を絞ってお話ししたいと思います。 日本で開発され世界中に展開したHBVゲノタイプ
たった18株のHBVを調べただけですが、それらの発生国をみただけで、いくつかの重要なことがわかります。ゲノタイプAは2株とも外国産で日本にはなさそうです。ゲノタイプBは半分が国産で、ゲノタイプCは殆どが国産です。日本ではCが主体でBもあることが分かります。ゲノタイプDは四分の一が国産でしたので、以前からあったことが明らかです。これらすべての推測は、それから20年以後に何千もの国産HBV株を調べることによって、実証されています。 1994年になってゲノタイプEとF、2000年にゲノタイプGそして2002年にはゲノタイプHが外国から発表されましたが、これら四つは主たるゲノタイプであるA、B、C、Dとは違って、世界分布が特定の国々に限局しています。
HBs抗原には4種類のサブタイプ(adw、adr、aywとayr)があって、1970年代の初めから抗原・抗体反応(二重免疫拡散法)を使って世界中で簡単に測定されていました。正確ではありませんし種類が少ないのですが、これである程度HBVを分類することができたのです。HBs抗原のサブタイプがあまりにも世の中に浸透していたので「ゲノタイプ分類の必要性は少ない」と考えられたのかも知れません。更に強敵として1989年にはC型肝炎ウイルス(hepatitis C virus [HCV])が発見され、1991年からHCVゲノタイプ(6種類あります)の分類が可能となり、大流行しました。そのためにHBVゲノタイプ分類の研究がますます低調になりました。 もう一つの原因として、HBVゲノタイプ測定には、血清から核酸を抽出してHBV DNAを、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction [PCR])で増幅し更に塩基配列を解析するという、煩雑で高価な手続きが必要でした。しかし、1999年に酵素免疫測定法(enzyme immunoassay [EIA])によって、核酸を扱うことなしにHBVゲノタイプを簡単に測定できる画期的な方法が日本で開発され、キット(HBVゲノタイプEIA)として、販売されました。このキットが以後HBVゲノタイプ研究を大きく促進したのです。日本で発見されたHBVゲノタイプが10年間の不遇な時代を経て、やはり日本で開発された免疫学的測定法によって、大発展をとげたのは実に喜ばしいことです。HBVゲノタイプに日本人の関与が大きかった事実は、論文数にも反映されています。発見以来、18年間に発表された英文論文は合計479篇で105編(22%)まで日本人の著書となっています(図3)。 HBVゲノタイプの世界および日本での分布
現在、日本にはどんなHBVゲノタイプがあるのでしょうか? ゲノタイプには古くから存続するその国特有の土着型ゲノタイプと比較的近年に外国から渡来した外来型ゲノタイプがあります(図5)。アジア諸国の一員として、日本に土着性のゲノタイプはBとCの2種類です。しかし、ごく最近に外国人渡航者から性感染を通じてゲノタイプAが、主として不純性交渉をもつ若年男性の間に広まり始めています。
日本でのゲノタイプDの起源についてですが、貴重な歴史的研究の結果、意外な事実が判明しました。日露戦争(明治三十七・八年戦役と云われていますから、100年以前のことになります)で戦傷したロシアの兵士を療養する目的で、松山に専門病院が開設されました。捕虜とはいっても、かなり自由な行動が許可されていて、温泉にも浸かっていたそうです。HBVゲノタイプの系統発生学的な解析から、小児のジアノッティ病をきっかけとして松山市に広まったゲノタイプD感染は、100年以前に当地で療養していたロシア人戦傷兵が起源であろう、と推測されています。 HBVは15万年以前にアフリカで人類が発祥した以前からヒトの先祖に感染し、類人猿との間でやりとりしながら、広く五大陸に渡来し蔓延してきました(「肝炎ウイルス十話」の第十話で取り上げました)。その間に人類は進化を遂げ、大きく白人(コーカソイド)、黄色人(モンゴロイド)と黒人(ネグロイド)に分かれました。それぞれが更に部族と種族に分かれ、今では数千にも細分しています。有史以前からの長いつきあいの中でHBVゲノタイプも共分化して、互いに折り合いの良いものだけに淘汰されてきました。ですから土地固有の民族と同じ数だけ違った種類のHBVがいても不思議はありません。実際に、全塩基配列の違いが8%には及ばなくても、系統発生学的に違った種類のHBVが同一ゲノタイプの中に見つかってその数が増え続けています。発見順に、ゲノタイプの後ろにアラビア数字をつけて、サブゲノタイプ(亜型)として区別することが定着しつつあります。 そんなに沢山の種類を区別するのは大変ですし混乱します。でも、ご安心下さい(図5)。日本人に感染しているゲノタイプのサブゲノタイプは、それぞれA2、B1、C2とD2の一種類だけです。ですから、日本ではサブゲノタイプを調べる必要はなくA、B、CとDの4種ゲノタイプを免疫学的測定法(HBVゲノタイプEIA・キット)で簡単に測定するだけで、十分にことが足りるのです。 HBVゲノタイプの応用価値に影響する諸因子
(1)肝炎病態と治療応答はゲノタイプの違いだけでなくて、HBVの感染期間によっても、違います。アジアと地中海沿岸諸国(ギリシャ、イタリアなど)では、現在持続感染している方々の殆どで、キャリアである母親からの母児感染か5歳までの幼少時水平感染が原因となっています。したがって感染期間はほぼ年齢と一致しています。これに対して、北米とヨーロッパのHBV持続感染は、成人後の性感染と違法薬物静脈注射の結果が主体ですから、感染期間は年齢より20年ほど少なくなります。一般に感染期間が長いほど、肝疾患が重症化して薬が効きにくくなります。ゲノタイプAのHBVは最近日本で増加傾向にあり、成人後の感染でも10%以上が持続感染します。ですからゲノタイプA感染症例をゲノタイプCあるいはゲノタイプB感染症例と比較する場合には、感染期間の違いを考慮に入れる必要があります。
実は、この組換えがどのようにして起こるのかがよく分かっていません。HBVが誕生するときに、まず鋳型になる一本のプレゲノム(HBV RNA)を含むコア粒子が組み立てられます。そして、コアの中で酵素の働きによってHBV DNAが合成されます。しかしコア粒子は小さいのでプレゲノムが一個しか入る余地がありません。二個入らないと、子孫であるB/C組換えゲノタイプ(B2亜型)をもったHBVが生まれるはずがないのです。でも、現実にこれが存在しますので、何かまだ分かっていない仕組みがあることになります。塩基数が僅か3,200個のHBVが、塩基数1兆個(HBVの3億倍に相当します)もある人類を出し抜いています。なんと賢いウイルスではありませんか? HBVゲノタイプの臨床的応用
(1)ゲノタイプC感染患者の方がゲノタイプB感染患者より肝疾患の進行が速く、長年たってからですが一部の患者は肝硬変と肝細胞癌になりやすいのです。 (2)これが重要で後に詳しくご説明しますが特にインターフェロン(interferon;以下、[IFN] と省略します)治療の効果(治療応答)は、ゲノタイプC感染患者の方がゲノタイプB感染患者より悪いのです。日本ではあまり関係がありませんが、同じようにゲノタイプD感染患者の方が、ゲノタイプA感染患者よりIFNの治療応答が悪い、と外国で報告されています。 (3)に、成人に発症する急性HBV感染の予後があります。症状が重く、半分も助からない劇症肝炎症例はゲノタイプB感染後に多いようです(急性肝炎が発症した症例では41%もあります)。またゲノタイプA感染による急性肝炎は、10%あるいはそれ以上もの症例が慢性化するので、自然治癒があるか・ないかを早急に見極めて、敏速に治療方針をたてる必要があります。 患者さんの医者に対する究極の要求は病気を治療して貰うことですしそれが医療の使命でもあります。治療のためには診断が必要ですが診断できれば効果的な治療が可能であることが前提条件になります。病気の原因と発病のメカニズムがよく分かっていても、それに対する治療薬がないのであれば診断してもさほど実効がなくなってしまいます。
HBVゲノタイプがこれら抗ウイルス製剤の治療効果に及ぼす影響を調べた論文は総説を含めますと50篇以上もあります。世界の国々で多くの医学者がいろいろな結果と結論を出していますが一致した見解は今のところただ一つでIFNの治療応答だけです。通常型IFNは注射してから24時間以内に血液中から消失するので、効果を維持するには少なくとも週3回の注射が必要です。この欠点を補うためにIFNを高分子化合物(ポリエチレングリコール [polyethylene glycol] でPegと略称されています)の中に包埋した、ペグIFNが開発されました。これですと週一回の注射ですみます。リバビリンと併用してC型慢性肝炎の治療に絶大の効果を上げていますから、ご存じの方も多いと思います。
2000年にラミブジンがB型肝炎の治療適用となり、副作用が少なく長期使用できることもあって、多大な効果をあげています。でも使用期間が長くなるにつれ薬剤耐性のHBV変異体が出現し、それが時として肝炎を悪化させる難点があります。2004年にはアデフォビルが薬剤耐性のHBV変種に対し、ラミブジンと併用する条件で認可されました。そして2006年にエンテカビルが初回投与にも、ラミブジン耐性のHBV感染にも認可されました。 ゲノタイプB感染がゲノタイプC感染よりラミブジンの治療効果が高く、逆に薬剤耐性HBV変種の出現は少ない、との報告はありますが、まだ本当のところは分かっていません。治療が始まったばかりの、アデフォビルとエンテカビル治療効果に対するHBVゲノタイプの影響は、勿論まだ分かっていません。 日本には持続性HBV感染者が約150万人いる、と予測されています。2002年4月から、5年計画で5年ごとに行われる節目検診とそれ以外の検診によってHBV感染者を発見し、肝細胞癌に至る肝炎の重症化を予防するため必要に応じて抗ウイルス治療を行うことが計画されています。ウイルス増殖の指標となるHBe抗原だけでなく、ウイルス退治の目安となるHBs抗原が血液中から消失することが究極の目標となります。これには生体の免疫反応が必要ですからIFNとペグIFNが適しています。しかし、副作用が強いので、35歳未満の若年HBV感染者が主たる対象になります。35歳以上の症例では、薬剤耐性HBV変種が出現しにくいエンテカビルが、B型慢性肝炎治療の第一選択となります。 HBVゲノタイプの測定は、まだ数万人の日本人HBV持続感染者でしか行われていません。治療を始める以前に、まずHBVゲノタイプを調べることが必要です。それによって、いろいろな治療薬の治療効果と薬剤耐性HBV変種の出現に及ぼすゲノタイプの影響が明らかになり、B型慢性肝炎の治療方針が立てやすくなることが期待されます。 |
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