B型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルスは、血液を介して伝染します。両方とも持続感染することができて、一部の感染者では数10年後に慢性肝炎から肝硬変・肝細胞癌に至る、重い病気を起こすことがあります。

 B型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルスの感染頻度は、世界の国々の間で大きく違っています。また、同一国内でも年齢別頻度が異なりますし、全体として時代とともにどんどん移り変わってきています。

 はっきりと線は引きにくいのですが、この二つの肝炎ウイルスの感染頻度を大まかに三通りに分けることができます。そこで、それぞれを、高頻度、中等頻度そして低頻度として区別することにします。その国の肝炎ウイルス感染頻度がこれらのどれに相当するか、そして年齢別頻度はどのようなパターンをとるかを知ることがとても重要です。それにもとづいて、予防を含めた肝炎ウイルスへの対策が違ってくるからです。

 初めにお断りしておきたいことがあります。一口に肝炎ウイルスの感染頻度といいますが、これを国別に正確に知ることはとても難しいのです。肝臓病になって病院に来る人では簡単に感染があるか、ないかを調べられますが、その国の一般人口がどのくらいの頻度で肝炎ウイルスに感染しているかを知るのはとても大変です。多くの場合、健康人の代表として、献血者での感染頻度を調べることが多いのですが、献血者の性別と年齢分布は、必ずしも一般人口の分布を反映していません。それにしてもデータがあれば良い方で、今だに献血者で肝炎ウイルス検査を行わない国もありますから、なかなか実態がつかみにくいのです。

 さらにまた、持続感染を診断する検査法の問題があります。B型肝炎ウイルスの持続感染は、ウイルスの「外殻(エンベロープ)」に相当する、表面抗原を測定することによって簡単に診断することができます。C型肝炎ウイルスは、抗体によって診断することが多いのですが、感染が治癒してからも長期間抗体陽性が続きますから、陽性者すべてが持続感染しているわけではありません。抗体を定量して、その値が高ければ、持続感染の可能性が非常に高いのですが、正確には核酸増幅試験(NAT)を行ってC型肝炎ウイルスのRNAを検出しないと持続感染を診断することができません。ほとんどの場合には核酸増幅試験は行われていませんが、経験上抗体陽性者の約70パーセントがC型肝炎ウイルスに持続感染していると推定できます。しかし、それでは不正確になります。でも、抗体のデータがあれば良い方で、それがない国もまだ沢山あるのです。

 ですから、これからお話しする内容は、すべておおまかな実態である、と理解していただきたいと思います。

 B型肝炎ウイルスの世界分布

 全世界で総人口の約6パーセントに相当する3億5千万人もの人が、B型肝炎ウイルスに持続感染しています。実際には、過去にB型肝炎ウイルスに感染した経験がある人が20億人(30パーセント)もいるのですが、幸いにして、治ってしまう人の方がずっと多いのです(図1)。

 高頻度国(8パーセント以上):持続感染者の大部分がアジア・アフリカに集中していて、その約4分の3までもが中国人と東南アジア人です。これらの高頻度諸国では、国民の8%〜10%がB型肝炎ウイルスに持続感染して血液中に多量のウイルスを持ってますし、一昔前には20%もの人が持続感染していた国もありました。アジア・アフリカからは大分離れていますが、エスキモーの居住区と南米にも感染頻度が高い国があります。世界総人口の約4割が居住するアジア・アフリカでは、幼児期の感染が主な感染経路で、生涯に60%もの国民が一度は感染し、そのうちの3分の1ないし4分の1の人々で感染が持続します。

 低頻度国(2パーセント以下):一方では感染頻度が2%以下の国々があり、日本とヨーロッパ・北米がこれに入ります。北欧では0.1%しか持続感染者がいない国もあります。日本では、年とともに感染頻度が減ってきていますが、ならして1%程度ですので、100万人以上がB型肝炎ウイルスに持続感染していると推定できます。日本での持続感染経路は母児感染が主でしたが、今ではほぼ完全に予防されています。日本以外の低頻度諸国では、リスクが高い一部成人の感染がほとんどで、性交渉と麻薬静脈注射が主な経路です。

 中等頻度国(2〜8パーセント):これら以外の国々で、世界総人口の約4割を占める住民がいます。生涯の感染頻度は20%〜60%で、感染はどの年齢にも幅広く起こります。

 B型肝炎ウイルス持続感染者の年齢別分布

 日本では1986年以来国家的政策によって、母児感染がほぼ完全に阻止されていますので、それ以後生まれた現在17歳以下の国民でのB型肝炎ウイルス持続感染の頻度は、ほぼゼロといってよいでしょう。第二次世界大戦以前に生まれた60歳以上の初回献血者での頻度は3パーセント以上もありますから、その時代には中等頻度国であったことがわかります。献血時にもし肝炎ウイルス感染が発見されると、それ以後は献血ができませんから、初めての献血での測定結果がその年代の感染頻度を正確に反映します。戦後に衛生状態と栄養状態がだんだんと改善されて先進国のレベルに近づくにつれ、B型肝炎ウイルス持続感染の頻度がどんどん減っていったことが、年齢別分布からよくわかります(図2)。ヨーロッパでも例外的に母児感染が主な経路であった、イタリアとギリシャでは日本に近い経過をとり、同じような年齢分布であると思われます。

 高頻度国の代表であるアフリカでは、幼児期の水平感染が主な感染経路です。ですから10歳ほどで既に感染率が最高に達し、それからは少しずつ減少傾向となります。深刻なことに、今でもアフリカでは予防ワクチンが手に入りにくいので、この年齢分布が変わることなく続いています。その上に、HIV感染の頻度もB型肝炎ウイルス感染と同じか、それ以上ありますのでさらに事態を悪化させています。HIV感染があるとB型肝炎ウイルス感染を持続させやすく、そのうえ慢性肝疾患が発症する以前に生命を失うことが多くなります。

 米国では、アジア・アフリカからの移民が多く、それらの人々ではB型肝炎ウイルス持続感染にも祖国の影響が強く現れます。白人だけに限ると、感染の経路は成人期の性感染と麻薬の静脈注射ですから、男性の若者に集中します。感染が持続することが少ないので、年齢とともに感染の頻度は低くなります。西欧の低頻度諸国は、米国とほぼ同じ年齢分布をとるだろうと推定できます。

 C型肝炎ウイルスの世界分布

 C型肝炎ウイルスは、世界中で1億7千万人の人に持続感染していると考えられています。これは世界総人口の約3パーセントに相当し、B型肝炎ウイルス持続感染者の約半数に相当します。感染者の数は半分にすぎませんが、C型肝炎ウイルスの方がB型肝炎ウイルスよりずっと多くの問題をはらんでいます。

 最大の問題は、B型肝炎ウイルスとは違って、C型肝炎ウイルス感染に対する予防ワクチンがまだなく、それができるという確実な見通しも立っていないことです。

 さらにまた、避けることができない母児感染によって、古くから伝承されてきたB型肝炎ウイルスとは違って、C型肝炎ウイルス感染最大の原因は、かつての不適切な医療行為と民間医療でした。つまり、人為的に広がった要素が大きかったのです。1989年になって全国的にC型肝炎ウイルスの検査が導入される以前は、輸血によって伝染しましたし、ディスポーザブル(使い捨て)の注射器と針が一般化されるまでは、お医者さんのところに行って消毒が完全でない器具で静脈注射を受けた後にも感染することがあったようです。

 ですからC型肝炎ウイルス感染は、B型肝炎ウイルスとは違って大陸ごとに一定の傾向がありません。また、ひとつの国の中でも感染頻度が極端に違っています。エジプトはC型肝炎ウイルスの頻度が世界中で一番高く、国民の20%以上が感染していると推定されていますが、これには原因があります。小さな貝によって伝染する住血吸虫がナイル川の水域に繁殖し、それがその地域住民に感染して肝臓に重い病気を起こしました。そのために薬であるアンチモン製剤を一人あたり十数回も静脈注射する国家政策が、1960年代から行われました。注射器と針の消毒が完全でなかったので、一部の患者に感染していたC型肝炎ウイルスが全国的に広がってしまったのです。1980年代になって、住血吸虫を殺すことができる飲み薬が導入されるまで、エジプトでのC型肝炎ウイルス拡散が続きました。エジプト以外にも、住血吸虫が蔓延していた国の河川地域では同じような事情があったと思われます。日本でも、日本住血吸虫の感染頻度が高かった一部の地域ではC型肝炎ウイルスの感染頻度が高く、やはり静脈注射による治療が原因であったようです。

 現在でも、輸血・血液のC型肝炎ウイルス抗体検査をしていない国があり、輸血によってまだ感染が広がっています。多くの国々では抗体検査が導入され、輸血によってC型肝炎ウイルスが感染することはなくなりましたが、麻薬静脈注射を仲間同士で回し打ちすることが現在最大の感染原因となっています。幸いにして、日本では麻薬静脈注射がとても少ないのですけれども。一部の先進国では、麻薬静注が阻止できない現実を考慮して、ディスポーザブルの注射器と針を無料で希望者に配布しているところもあります。発展途上国ではそういうわけにいきませんから、特に若い男性の間にC型肝炎ウイルス感染が広まり続けているのが現状です。

 そのようなわけで、C型肝炎ウイルス持続感染の世界分布は、国内でも地域性が強く、今でも変化し続けていますので、正確に把握することは極めて困難です。ある程度はわかってきつつありますので、大ざっぱに、高頻度国(国民の10%以上がC型肝炎抗体陽性)、中等頻度国(2%〜10%)と低頻度国(2%以下)に色分けすることができそうです(表1)。

 日本では、国民の1.4パーセントがC型肝炎ウイルス抗体陽性ですから、その7割に相当する約120万人が持続感染していると推定されます。大陸から渡来した先祖とともに有史以前から日本民族に持続感染し、主として母児感染によって受け継がれてきたB型肝炎ウイルスとは違って、C型肝炎ウイルス感染の歴史は格段に短いのです。せいぜい江戸時代にどこからか日本に渡来して、戦後の混乱期に爆発的に国中に広がったと考えられますからC型肝炎ウイルスの歴史はわずか200年くらいです。

 C型肝炎ウイルスの年齢別分布

 C型肝炎ウイルス持続感染の年齢別分布は、現在新しい感染が起こっているかいないかで大きく変わっています(図3)。また、今では新しい感染がごく少ない国でも、何年前に感染が終結しているかによって変わってきます。年齢別分布を知っておくことはとても重要です。C型肝炎ウイルスに感染してから、一部の人で慢性肝炎から肝硬変を経て肝細胞癌が発症するまでに、感染経路と感染時の年齢によっても違いますが、30年かそれ以上の期間があると考えられています。ですからC型肝炎ウイルスの年齢分布がわかれば、将来その国でどのくらい肝臓病が発生するかを予測する手がかりが得られます。

 日本では、第二次世界大戦が終った混乱の時代に、売血の輸血と職業的献血者にはびこった違法静脈注射、および不適切な医療行為によってC型肝炎ウイルス感染が広まりました。医療の水準が戦後急速に改善しましたし、1964年以来売血は禁止され、1989年からは献血者でC型肝炎ウイルス抗体のスクリーニングが開始されました。その結果として新しい感染は、もうほとんどなくなりました。ですからC型肝炎ウイルス感染の年齢別頻度が、歳とともに右肩上がりに上昇しています。

 米国では、1960年代末までベトナム戦争の混乱のために、若者の間で違法静脈注射によるC型肝炎ウイルス感染が広まりました。一時的なものだったので、そのころ感染した人がひとつの山(ピーク)をつくり、それが高齢に向けて年ごとに移行しています。現在、感染頻度が一番高い年齢が40代にさしかかっていますので、若者の間での新しい感染は、ほぼ終わっていると考えて良さそうです。

 しかし発展途上国の中には、未だに若者の間で新しい感染が激増しているところがあります。経済状態が悪く、非行に走りやすい素地がありますので10代の終わりから20代の初めにかけて、違法静脈注射の回し打ちによってC型肝炎ウイルスが拡散して、まだ増加し続けている国があります。将来の急激な肝臓病の増加と、それによる莫大な国家的被害および医療負担を考えると、麻薬注射によるC型肝炎ウイルス感染を何とかして阻止する必要があります。麻薬注射がやめられれば一番良いのですが、どうしてもそれができないのであれば、西欧並みに無料でディスポーザブルの注射器と針を提供する必要があるのでしょうか? 決して健全ではありませんが、次善の策にはなりそうです。

 麻薬注射によるC型肝炎ウイルス感染は、本人の責任です。しかし、輸血による感染の予防は医療従事者の任務です。経済的事情で輸血・血液のC型肝炎ウイルス抗体スクリーニングを、いまだにできない国があります。そのような国々に、国際的および人道的立場からC型肝炎ウイルス抗体の検査試薬と設備を提供する必要があります。また、B型肝炎ウイルスが蔓延していても、予防ワクチンが手に入らない国もあります。速やかにワクチンを調達して新生児に接種すれば、一部の持続感染者で何10年か後に起こるかもしれない肝細胞癌を予防することができます。

 B型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルス持続感染を阻止する最良の手段は、なによりも新しい感染の経路を絶つことです。もし今それができれば、これら二つの肝炎ウイルス感染の世界分布は、将来きっと良い方向に変わっていくことでしょう。