肝臓病の原因として、世界中でも日本でも一番多く、また最も重い症状を起こすのは、肝炎ウイルスです。肝臓病を予防・治療して、命に関わる恐ろしい肝硬変と肝細胞癌の発症を防ぐためには、まず敵である肝炎ウイルスをよく知らなければなりません。そこで、今回は肝炎ウイルス全般についてお話ししようと思います。

 ウイルスの発見

 医学の研究は、顕微鏡が発明されたおかげで大きく発展しました。17世紀の半ばから顕微鏡を使って、病気の原因となる微生物が目に見えるようになり、コレラ・チフスなど恐ろしい急性伝染病と、結核・梅毒などの慢性伝染病の病原体がつぎつぎに発見されました。

 しかし19世紀末になって、顕微鏡で目に見えるこれら細菌以外にも、ヒトに感染して病気を起こす病原体があることが明らかになってきたのです。瀬戸物の土台となる、顔料をかけていない素焼きの器があります。植木鉢がその代表ですが、細かい隙間があって細菌を通さないために、飲料水の消毒のためにも使われていました。しかし、細菌を除いたはずのこの器で濾過した水を飲んだ後にも病気が起こることがわかったのです。これを「濾過性病原体」と呼んでいましたが、後に別名でラテン語の「毒」を表すウイルスと言われるようになりました(
図1)。

 このように、ウイルスの最大の特徴は「小さいこと」と「感染性がある」という二点です。細菌の代表で、O-157変種のために数年前に大問題となった大腸菌は、直径1ミクロン弱で長さ3ミクロンほどの大きさがあります。1ミクロンは1ミリの千分の1の単位ですから、ずいぶん小さな生物で、顕微鏡で400倍に拡大してやっと見える程度の大きさです。一方、ウイルスは細菌と比べてずっと小さくその十分の1から百分の1くらいの大きさしかありません。20世紀半ばに電子顕微鏡が発明されて、ウイルスを1万倍も拡大することができるようになって、やっとあらゆるウイルスの本体を見ることができるようになりました。そういうわけで、ウイルスの大きさを測るには1ミクロンのさらに千分の1に相当する1ナノメーター(百万分の1ミリに相当します)という単位が使われています。

 ウイルスがどのくらい小さいかを実感するために、こんな比較がされています。人体に地球の大きさがあると仮定すると、ウイルスはせいぜい「象さん」くらいの大きさにしかならないのだそうです。地球の大きさと象の大きさを思い比べてみると、ウイルスがいかに小さいかが、よくわかるではありませんか?

 肝炎ウイルスの歴史

 肝炎ウイルスが大昔から存在していたことの、確実な証拠があります。野生のチンパンジーをはじめとする類人猿が、人に感染するウイルスとそっくりなB型肝炎ウイルスに感染していることが、最近わかってきたのです。発生学的に人類がチンパンジーから分化したのは、約500万年前ですから、肝炎ウイルスはその前から地球上に存在したことになります。

 また、紀元前数10年に「医学の祖師」であるヒポクラテスは、肝炎がギリシャのある地方で流行した、と書き記しています。おそらく、経口感染する肝炎ウイルスが原因であろう、と考えられています。

 肝炎ウイルスの実体がわかってきたのは、しかし、たった60年以前のことです。第二次世界大戦で、米国従軍兵士に肝炎が頻発して、軍事上の大問題となったことがきっかけでした。戦傷のために輸血と血液製剤の注射が必要となったことがその原因です。肝炎ウイルスに持続感染している献血者からの輸血を受ければ、殆どが肝炎となります。血液製剤は、何千人もの献血者から血液を集めて、それを原料として作ります。その中にたった一人でも肝炎ウイルスに感染している人が含まれていれば、その血液製剤を源にして多くの患者さんに肝炎を起こします。

 これ以外にも、アジアなどの発展途上国に行った兵隊さんに、飲料水と食物が原因となる肝炎が集団発生することがありました。感染を媒介する物質(血液と飲食物)が違いますので、肝炎ウイルスには二種類あることがわかりました。アルファベットの大文字を使って経口的に感染する肝炎をA型、血液を介して非経口的に感染する肝炎をB型として区別するようになったのは、1947年以来のことです。

 肝炎ウイルスの種類

 現在、人に感染して肝炎を起こす五種類の肝炎ウイルスが知られていて、それぞれA型B型C型D型およびE型の肝炎ウイルスと呼ばれています。その中で、D型肝炎ウイルスは不完全なウイルスで、B型肝炎ウイルスを持っている人にだけ感染し、増殖することができます。同時に感染するよりは、B型肝炎ウイルス感染がある人に重ねて感染したときの方が症状が重く、脳症状がでて短期間に死亡することが多い「劇症肝炎」の原因にもなります。D型肝炎ウイルスは地中海沿岸、特にイタリアに多く、幸いなことに、日本ではまずいないと考えて差し支えないので、日本人である肝炎の患者さんに、D型肝炎ウイルスの検査をするお医者さんは殆どいません。ですから、日本ではA型B型C型、およびE型の四種類の肝炎ウイルスだけを相手にすればよいことになります。

 ウイルスにはいろいろな形がありますが、基本的にはウイルス遺伝子を含む核(“芯”のようなもので「コア」ともいわれます)から構成されています(図2)。そして核が衣(“外殻”あるいは「エンベロープ」ともいいます)に包まれているものと、裸核の二種類があります。また、ウイルスの遺伝子にも二種類あって、一つは人体で全ての遺伝子情報を担っているDNA(デオキシリボ核酸)であり、もう一つはRNA(リボ核酸)です。RNAはDNAの遺伝子情報からタンパク質が翻訳され合成される仲介をしています。

 A型B型C型、およびE型の四種類の肝炎ウイルスは、いろいろな意味で大きく二つに分かれます( 図3)。A型E型の肝炎ウイルスは、飲料水と食物を介して経口感染します。感染期間が短く、6ヶ月をこえることはありませんので、持続感染はおこりません。そのために急性肝炎だけで、慢性肝炎はおこしません。子供が感染した場合には症状が軽くすみますが、大人になってから感染すると症状が重いことがあります。A型肝炎ウイルスは、以前日本で広くはびこっていましたので、50歳以上の日本人は、ほとんど全員に感染した経験があり、血液の中にウイルスに対する抗体を持っています。E型肝炎ウイルスはインド、ネパールなどの発展途上国だけにいるウイルスで、それがいる国に外国旅行をしない限り、感染しない「風土病」と考えられてきました。しかし、2002年の7月に新聞で大きく取り上げられたように、日本にも少しはいるようです。とりわけ妊娠後期(妊娠期間の最後の3分の1)にある妊婦がE型肝炎ウイルスにかかると、20%もが劇症肝炎になりますので、恐ろしいウイルスです。一方豚においても、日本の子豚は生後3、4ヶ月以内にほとんどがE型肝炎ウイルスに感染することがわかりましたが、肉として販売される生後6ヶ月以上の成豚は全て治癒していますので(血液中にE型肝炎ウイルスに対する抗体が検出されます)、安全と考えられます。でも、昔から「豚肉はよく加熱してから食べるもの」とされてきたので、用心したほうがよいに決まっていますけれど。

 一方、B型C型の肝炎ウイルスは、血液によって感染します。B型肝炎ウイルスは、恐ろしい劇症肝炎にまで及ぶ急性肝炎を起こしますが、C型肝炎ウイルスに感染しても症状を伴う急性肝炎となることは、殆どありません。両方のウイルスとも持続感染を起こします。多くの人では症状がありませんが、長く感染すると一部の人で慢性肝炎から肝硬変を経て肝細胞癌が発症することがありますので、A型E型の肝炎ウイルスよりは、ずっと恐ろしいウイルスです。

 ウイルスとしてもA型E型は外殻を持たず、衣に覆われているB型およびC型とはかなり違っています。C型肝炎ウイルスの外殻には脂肪が含まれていますので、油を溶かすアルコール類の溶剤と洗剤などに含まれる界面活性剤を使って消毒し殺すことができますが、外殻のないA型E型の肝炎ウイルスは、これらの操作では死滅しません。加熱と酸にも強く、また口から入った時に、胃の中で胃酸によって壊れないようにできています。B型肝炎ウイルスの外殻には脂肪の含有量が少なく、C型肝炎ウイルスよりは消毒されにくいのが特徴です。

 B型肝炎ウイルスは、ほか三種類のウイルスと比べてかなり違っています。これだけがDNAウイルスですし(他は全てRNAウイルスです)、遺伝子の長さもほかのウイルスと比べて3分の1くらいしかありません。一番の違いは、ウイルスの核を包む“衣”をたくさん作ることです(図4)。血液中のウイルス1個にたいして、1,000個位もの割合で小型の球形あるいは桿状粒子が、そのお供をしています。1964年にアメリカでブランバーグが、抗原・抗体反応を使ってオーストラリア原住民の血液中にこれらの粒子を発見し「オーストラリア抗原」と名付けました。薄い板状の寒天に2、3ミリの間をおき丸い穴を二つあけ、一方に抗原を他方に抗体を入れ一晩放っておくとその間に白い沈降線が出てくる、簡単な方法(免疫拡散法)が当時使われていました。1968年になって、輸血・血液の中にオーストラリア抗原があると、輸血を受けた患者さんにB型肝炎がおこることがわかりました。1972年から、日本では世界に先駆けて、献血者全員に「オーストラリア抗原」の検査をして、陽性であればその血液は輸血しないことになりました。それ以後、輸血後B型肝炎発症の頻度がほとんどゼロとなりました。1980年からは、小型ウイルス粒子を集めて加熱消毒し、それをワクチンとして注射することによって、B型肝炎が予防できるようになりました。B型肝炎の診断と予防に先鞭をつけたブランバーグは、その業績によって1976年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。

 肝炎ウイルス感染の予防

 ここまでは、経口感染して持続感染しないA型E型の肝炎ウイルスと、血液を介して感染し、持続感染をおこしうるB型C型の肝炎ウイルスが、いつでもペアとなって、同じ行動をとってきました。ところが予防と治療については、これら四種類の肝炎ウイルスが別の組み合わせとなります(図5)。

 一番大きな違いは、「一度ウイルスに感染して治ったら、一生そのウイルスには感染しない」という、免疫学の基本となる“二度なし現象”が、経口感染するA型肝炎ウイルスと、血液で感染するB型肝炎ウイルスだけに通用することです。1964年に最初に発見され感染を診断できるようになったB型肝炎ウイルスと、次いで1973年に発見されたA型肝炎ウイルス以外にも肝炎ウイルスがあることが、明らかになって、1970年代の後半から“非A、非B型肝炎ウイルス”として注目を集めました。そのために世界中で非A、非B型肝炎ウイルスを発見する研究が盛んに行われました。その結果1983年に経口感染するE型肝炎ウイルスが、そして1989年になって、ようやく血液で感染し輸血後肝炎の最大原因となるC型肝炎ウイルスが発見されました。

 新しく発見されたこれらの肝炎ウイルスは、古くから診断されていたA型肝炎ウイルスB型肝炎ウイルスとは違って、一度かかって治った後でも、繰り返し感染が成立することが明らかになってきました。ですから、A型B型の肝炎ウイルス感染を予防できるワクチンが開発され普及して、A・B混合ワクチンという便利なものも手に入りますが、E型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルス感染を予防できるワクチンは、まだ開発のめどが立っていないのが現状です。多くの研究者の努力と技術の進歩によって、一日も早くE型C型肝炎の予防ワクチンが開発されることが切望されます。

A型からE型以外の肝炎ウイルスがあるでしょうか?

 ここまでは、飲食物で伝染し一時的な感染をおこすA型肝炎ウイルスE型肝炎ウイルスならびに血液によって伝搬して持続性感染をおこすことのできるB型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルスについてお話ししてきました。D型肝炎ウイルスB型肝炎ウイルス感染が同時にないと増殖することができず、日本にはまずいないと考えてよいので、無視しました。さて、A型からE型までの五種類の肝炎ウイルス以外にも、肝炎ウイルスがあるのでしょうか? 今までにいくつかの候補がありました。そしてアルファベット順に“F型”、“G型”肝炎ウイルスと一度は名前を付けられたのです。でも、いずれの“新・肝炎ウイルス”も、ヒト肝炎の原因とはならないことが、すぐにわかってしまいました。

 経口感染する新しい肝炎ウイルスがもしあれば、飲食物が原因となってA型でもE型でもない集団感染が起こり、肝炎を発症した感染者の便の中を探せば見つかるはずです。しかし、A型E型以外の肝炎集団発生は、世界中で今までに報告されていないのです。ですから、それ以外に経口感染する肝炎ウイルスは存在しないと考えてよさそうです。

 血液を媒体として感染する肝炎ウイルスがもしあれば、それを発見するのはもっと簡単です。日本では一年間に600万人が献血をして、全血液あるいは血液成分が約150万人もの患者さんに静脈から点滴されています。ですから、持続感染する肝炎ウイルスがいて、献血する人がそれに感染していれば、輸血を受けた患者さんに肝炎が起こるはずです。でも、幸いなことに献血者に
B型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルス感染の検査を行い、陽性であれば除外するようになって以来、輸血後肝炎は全く起こらなくなりました。この結果からB型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルス以外には、血液を介して感染する肝炎ウイルスはいないと考えてよさそうです。